制裁(10)
「残念だけど、ここでは人権は特に下級市民以下の者には無いに等しいのよ。言い訳にしかならないけど、私も含めて大半の人は拷問の様な非人道的な行為に反対しているのよ。でもどうにもならないわね……」
さっきまで弾んでいたナンシーの声が暗く沈んだ。
「分かった。ナンシー、余り落ち込まないでくれないか。どうしようもない事はどうしようもないんだし、地道に少しずつ変えて行くしかないよ」
「はい、その、何とか頑張ります」
「けど、そのフランシスはどうして俺を狙うんだ?」
「詳細は分からないわ。ただ上位の者にとって貴方が脅威である事は間違いないわね」
「しかし俺に一度負けただけなら、どうという事は無いんじゃないのか?」
「金雄さんがAクラスを直ぐ卒業してくれればそうだけど、もしキングみたいに連勝記録を作られると拙いのよ」
「と言うと?」
「貴方がAクラスにいる限り彼等は卒業出来ないわ。連勝する度に貴方にぶつけられて負ければ、結局トップに勝てずに、つまり自分がトップになれないから、何時までも卒業出来ないのよ」
「成る程。じゃあ俺が上がって行くまでに卒業すれば?」
「それが簡単に出来るんだったら今度の様な事件は起きなかったと思うわ」
「でも俺の意思ではどうにも出来ないしね……。彼等は俺の特殊な事情を知らないんだよね?」
「ええ、済みません。不必要な情報を与える事は、浜岡先生に禁じられていますから。貴方が直ぐ卒業していく事は重要な秘密事項になっているんです」
「ふーむ、もし話せば彼らが手を抜いて来る事も考えられるという訳か」
「多分そんなところだと思います」
「はーっ、それじゃどうしようもないね……」
今度は二人ともやや沈んだ状態で、個室のトレーニングルームに向かって歩いて行った。
トレーニングルーム群は南の森の中にある。森と言っても名前だけで実際には木もまばらで、林と言うのが本当だろう。
一応小さな看板があって、『南の森トレーニングセンター』となっている。もっとも最初のうちは看板がある事にさえ気が付かなかった。
間も無く彼等の貸切のトレーニングルームの『ルーム35』が見えて来た。部屋の番号は単純で、単に『ルーム1』とか『ルーム2』とか番号を順序に割り振っているだけである。
ここの鍵もカード式である。ただ暗証番号はいらない。通常寝泊りはしないのでホテル程セキュリティーは厳重でないのである。
部屋に入ってトレーニングを始めた時には幾分憂鬱だったが、一時間もすると憂いも吹き飛んで本来の二人に戻っていた。
それから数時間トレーニングした後、金雄は、
「久し振りにナンシー、君と喧嘩した森に行ってみないか?」
と、提案した。
「ああ、そうそう、あそこは看板とかは無いし特に名前も何も無いんだけど、私は勝手に『ナンシーの森』と呼んでるのよ」
「『ナンシーの森』か。いいネーミングだね。今日の締めくくりにその『ナンシーの森』で走って置きたいと思ってね。色々な事があったから、少し気分転換をしようと思ったんだけど、どうだろうね」
「ここからだと歩いて十分位だし、今日の締めくくりには丁度良いわね。またジグザグに走る訳?」
「正解。それに見晴らしもいいしね。ここの広さも分かる。ドーム野球場数百個分くらいはあるんだよね?」
「ええっ! 金雄さん一桁違ってるわよ。数千個分なのよ。知らなかった?」
「あっ! そ、そんなに広いんだ。住んでいる人は数万人位だろう?」
「それも一桁違う。数十万人よ」
ナンシーの言葉に金雄は目を丸くして驚いたが、一つの疑問が生じた。
「でもそれだけの人があの小さなエレベーターで行き来出来るのか? 出て行く人は余りいないとしても何十年も掛からないと数十万人にならないんじゃ……」
「ふふふふ、エレベーターが一つだけだと思ってたんだ。エレベーターは全部で五基あるのよ。私達が乗ったのはVIP用の一番小さな奴だったのよ。
あれに乗れるのは良くも悪くも超大物だけ。勿論、今はそう思っていないけど、金雄さんは史上最悪の男としてあれに乗って来たんですからね。しかも極秘で」
「はははは、何だそうだったんだ。これで燻ぶっていた謎が一つ解けたよ。あれが一番小さいとすると他はもっと大きいのか?」
「ええ、あれの十倍位の大きさのが後二つ。これは乗用車も運べる。それから大型車運搬用が一つ。更に大型重機類を運べる、超大型エレベーターが一基あるわ。現在更に三基のエレベーターを作っているわ」
「全部リニア式なのか?」
「いいえ、リニア式はVIP用一基だけ。他は通常のロープ式、それで何処にあるかと言うと、……ああ、場所は言えないの、御免なさい」
「それだけ分かれば十分だよ。それだったらそう何日も人を運ぶのに時間は掛からないね。何だか安心したよ」
「はい、浜岡先生が言っていました。いざという時の為に二十四時間以内に全員を運び出せる様にするのが理想だって。エレベーターの数を増やすのはその為もあるのよ」
久し振りにやや自慢げに言った。