制裁(8)
「そのキングという人について聞きたいんだけど良いか?」
「良いけど。ああ、予め言って置くけど、私に聞いても良いけど他の人には聞かないでね。皆、後難を恐れて誰も話したがらないから」
「分かった、他の人には聞かない事にするよ。それで何処に住んでいるんだ?」
「それが、誰も知らないのよ。人前に出る時には何時も変装しているという噂だわ。彼の居場所を知っているのは浜岡先生と彼の世話をしているごく一部の人達だけらしいの」
「へえーっ、徹底しているんだな。じゃあ彼の試合のビデオとかは残っていないのか?」
「はい。彼が引退したのは私がこの街に来て間も無くの時だったんだけど、引退後彼に関する資料は全て処分されたと聞いているわ」
「ふーむ、どうしてだろうね?」
金雄はちょっと首を傾げた。何もそこまで秘密にする事もないだろうと思ったのである。
「彼は元々ヨーロッパの地下格闘会の帝王と言われていたらしいんだけど、かなり人を殺していたらしくて、警察の手入れで捕まってここに送り込まれたらしいのよ。
勿論浜岡先生の尽力に拠るものよ。でも、かつての悪行があるからその種の記録は残したくなかったんじゃないかしらね、キング自身も」
「そうか、そういう考え方もあるね。じゃあ、ナンシーも彼を全く知らないのか?」
「残念ながら一足違いで試合とかも見れなかったの。私も彼の試合を見たいと先生にお願いしたんだけど、オーケーが出た直後に引退してしまったから……」
残念そうに唇を噛んだ。
「ということは彼についての資料は何もない、あるのはキングという名前と五百連勝した事実位か。二人の男を殴り殺したのは噂に過ぎないんだよね……。ところで年は?」
「四十そこそこ位と聞いている。それもはっきりしないんだけどね。そこいら辺り貴方に似ているかも知れない。金雄さんも自分の本当の年令は分からないんでしょう?」
「ああ、そうだ。俺もプラスマイナス二才位の誤差はあると思うよ。うーん、しかしそれじゃあどうしようもないね……」
「でもね、浜岡先生の意図がちょっと気になるの。これは私の勘に過ぎないんだけど、ひょっとすると貴方とキングとを戦わせる積りなんじゃないかってね」
「ええっ!」
「だって貴方の力からすればここで優勝する事はそれほど難しいことじゃない。南国大会よりは遥かにレベルは高いけど多分貴方の力はキングに匹敵すると思う。もし貴方のパワーアップを考えているのだとすれば、彼と試合するよりないんじゃないかと……」
「是非戦ってみたい。でも雲を掴む様な話だしな……」
そこでしばし会話は途切れた。
二人は料理を頬張り、ワインを飲み続けた。それから金雄は最後の話題を持ち出した。
「ところで美穂はどうしているかな? 元気でいるのか?」
「……、はい、美穂さんの様子は直接は分からないんだけど、情報に拠れば元気にしている様よ。それから送金は確実にしているわ。金雄さんの様子も一言書き添えているから安心していると思う」
「元気ならそれでいい。ただ、昨日のことで送金が途絶えるな。毎日来ているものがぷっつり切れたら心配するんじゃないか?」
「その点は任せて。手紙を書いて出しますから。勿論ムーンシティの事は書けないけど、金雄さんはアメリカのある街で世界大会の為に厳しいトレーニングを積んでいる事にしてあるの。
その街で賭け試合があってそれで稼いでいる事にしているのよ。少しの間トレーニングに専念するから賭け試合はお休みで、送金はストップする事にするわ」
「成る程、上手いもんだね。それなら安心だ」
「愛する男の為に恋敵にさえ友情を持とうとする、この健気な気持ちが分からないのかしらねえ。一度や二度抱いてくれたって罰が当たらないと思うけど、ふーっ、何だか私酔ったみたい。でも今のは本心ですからね!」
ナンシーはかなり酔った様で、これ以上は無理だと判断して金雄は食事を終える事にした。金雄も酔ってはいたがナンシー程ではない。
先に勘定を済ませてからナンシーに肩を貸してレストランを後にした。廊下には更に数を増やした警官と地下格闘会の観客とで相当賑やかだった。午前三時を回ったのにまだ事情聴取が続いているようである。
「おい、ナンシー大丈夫か?」
金雄にもたれ掛る様にしてふらふら歩くナンシーと彼の姿を見た警官と観客達は、ひそひそと話し合った。
殆どが外国語で金雄には分からなかったのだが、
「あの男は、キングに殺されるぞ!」
そんな噂話をしていたのである。
視線の痛さでその事を察した金雄はむしろ喜んだ。
『ナンシーの言うことが本当だとすると俺はキングに襲われるのか? ここにいる連中の目がそう言っている。来るなら来い! 俺はお前と戦いたい!』
金雄の心の中にメラメラと闘争本能が湧き上がって来ていた。