制裁(6)
金雄はちょっとがっかりした。これではまるで犯人扱いである。いやそれ以下だろう。拳銃に手が掛かっていない状態なので、六人を気絶させる事も可能だが、それだとますます事が大きくなる。
すっかり自分が犯罪者になってしまってはナンシーにも、ひょっとすると美穂にも迷惑が掛りそうなので、それは堪えた。
「事情を聞かないんだったら帰りますよ」
金雄は憮然として言った。
「部長、余り時間が掛かっては拙いです」
若い白人の警官が言った。彼は冷静な様である。
「ああ、じゃあ一つ聞くが、今日の事件が何故起こったのか思い当たる節はないか?」
「無いです。彼、シャパールとは今日が初対面ですから」
「じゃあ、彼以外の誰かと、トラぶったことはないか?」
「リング以外ではないです。殆ど会った事は無いですし、見掛けたとしても話をした事がありませんから」
「変だな、本当に無いかどうか良く思い出してみろ」
「うーん、……無いですね」
「分かった、じゃあ帰ってもいいぞ」
「それじゃ」
金雄は憮然としつつも、一切行動には表さずにナンシーの待つ『月の砂漠』に大人しく戻った。ナンシーは窓際の席に座って手を振って合図していた。
「お疲れ様。その顔だとかなり不愉快な思いをしたようね」
「呆れたよ。すっかり犯人扱いだし、それにナンシーと馴れ馴れしくしていると嫌味を言われた。捜査と何の関係がある?」
「ふふふ、ケインらしいわね。彼は何時もああなのよ。私には優しいんだけど、私と親しそうにしている男性を見ると、嫉妬で狂ってしまうらしいのよ」
「警察官がそんなんじゃ拙いんじゃないのか?」
「そうねえ。でも彼等の人事は浜岡先生が決めているから簡単に変える訳にもいかないわ」
「浜岡先生じゃ俺にもどうもに出来ないな。ええいっ! 今夜はやけ食いだ。ええと極上のサーロインステーキと赤ワインを頼む」
金雄は珍しくかなり高価な料理を注文した。
「私もとことん付き合うわよ。蟹サラダとソーセージの盛り合わせ。ワインはボトルにしない?」
「ああ、そうするよ。じゃあさっき言ったワインはボトルで」
ウェートレスが注文を確認してから去ると直ぐ、金雄は猛烈に喋りだした。
「明日は試合が休みなんだよね」
「ええ、さっき電話して確かめたわ。最低でも二日は休むって地下格闘会の責任者に確認を取ったわ。だから今日は徹夜しても全然大丈夫よ」
「それは良かった。とにかく聞きたい事が山のようにある」
「ええっ! そんなにあるの?」
「例えば試合時間だ。一組の試合時間が十分なのに十組で一時間、つまり六十分しかない。確かにこれで間に合っているんだけど、どうしてなんだろう?」
「ああーっ、一つ言い忘れていた事があったわ。試合がだらだら長いとブーイングが起きるのよ。そのような試合をした選手はたとえ勝ってもランクが下がるの。
逆にたとえ負けてもフィーバーした試合をした者はランクが上がるのよ。その結果スリリングな試合をするものだから数分で決着が付く事が多い訳。平均試合時間は四分位なのよ」
「成る程、納得した。次に聞きたいのは……」
「お待ち遠様でした。……」
ウェートレスが料理を運んで来て、二人はそれ等を美味そうに平らげながら更に話を続けた。
「シャパールが撃たれたけど、あれはどこから撃って来たんだ? リングの中からだと暗くてよく見えなかった」
「ああ、そうなんだ。客席は暗くしてあるものね。リングと言ってもロープは張られていなくて、金網の檻みたいになっているんだけど、網目が七、八センチ位あって、結構大きいのよ。
リングサイドの四方に警備員が付いていたんだけど、そのうちの一人が撃ったのよ。金網の中に銃口を入れてね」
「成る程、訳は分かった。それにしても大した腕だ。並みの腕じゃあ急所を外して気絶させ、しかもとっさに判断しては撃てないと思うけど?」
「その点は大丈夫。彼等はオリンピック級の腕前なんだから。それにその様な時の為に日頃から訓練を積んでいるわ」
「それなら納得だ。しかしあのアフロヘアーは? あんな髪形を許してたんじゃあ、凶器を隠して下さいと言っている様なものだ」
「それは私も同感。まあ厳しい罰則があるからめったに凶器は隠さないと考えての事なのかしら? 実際に凶器が使われるのは年に一度あるか無いか位なのよ。
彼の場合も今度凶器を使ったら最下級市民になる事は決定的だし、場合によっては射殺されるかも知れないのに、どうしてこんな事をしたのか分からないわ」
ナンシーは首をかしげて言った。