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制裁(5)

 彼女と金雄の身分証に間違いがないことが分かると、二人は簡単に解放されてエレベーターに乗る事が出来た。


「それにしてもとんでもない事になったな。凶器が二つある事に気が付かなかった。気付いていればもっと別の攻撃の仕方があったのに。そうすれば銃で撃たれずに済んだのにな」

「な、何を呑気のんきな事を言ってるの! 貴方は殺されそうになったのよ。あんなやつ死んでしまえばよかったのに!」

 ナンシーは激高した。


「ま、まあまあ、とにかくこうして無事だったんだから」

「か、金雄さん! う、ううう、よ、良かった! うううっ……」

 ナンシーは金雄に抱き付きながら泣いた。金雄も軽く抱いたが拙い事に気が付いた。ここのエレベーターは無闇むやみに遅いのである。


『ナンシーは何かして来るな……』

 金雄のその予想は当たった。ナンシーは激しくキスを求めて来た。しかし春川陽子の時の苦い経験がある。情に流されてキスに応じたりすると、この後ますます苦しくなる。

 二人とも地獄に落ちて行ってしまうかも知れないと思うと、どうしても踏み切れなかった。何かこう、浜岡のあざ笑う顔が見える様な気がするのだ。


「駄目? どうしても駄目ですか?」

 ナンシーが辛そうに、しかし甘く金雄の耳元で囁く。

「……うん。俺はナンシーが好きだ。だからこそ駄目なんだ。……分かって欲しい」

「美穂さんですか? ほんの一時、彼女の事を忘れてくれませんか? 今この瞬間だけでいいんです。エレベーターが上に着くまでのほんのちょっとの間だけで良いんです。誰も知らない二人だけの秘密という事にすれば……」

「悪いけど、俺達は監視されている筈だよね。だとすれば本当に二人だけの秘密という事にならないよ」

「あああーっ! そ、そうでした。忘れていました。それじゃあ、駄目ですね……」

「うん。悲しいけど俺はかごの鳥なんだよ。ナンシーは俺のかごに今はいるけど、そのうち自由に飛び立って行ける。俺はかごから抜け出せない。二人が愛し合うことは、どうあっても出来ないんだよ」


 ナンシーは漸く抱擁の手を緩めた。はっきりと二つの影に分かれて暫く沈黙が続き、やがてエレベーターはムーンシティホテルの二階に着いた。事件の為に予定より更に遅れて着いたのだった。


「遅いけど夕食にします? 私は金雄さんにアレをして貰えなかったから、ショックで食欲がありません。でも当然金雄さんと一緒にレストランに入りますわよ。コーヒー位は飲みますから」

「はははは、漸く元気が出て来たみたいだね。今頃になって急にお腹が空いて来たぞ。レストランは何時までなんだ?」

「『月の砂漠』は午前四時まで。『豊の海』は午前四時から始まるのよ。両方合わせると二十四時間営業になるから時間の心配は要らないわ」

「成る程! うまく出来ているんだな。でもまだ明日にはなっていないから『月の砂漠』にしようか?」

「はい。今日はちょっとやけ酒よ」

「おいおい、明日大丈夫なんだろうね?」

「少なくとも明日は休みになるわ。取調べに明日まで掛かるから」

「明日まで?」

「ええ、私達は特別扱いだから早かったけど、他の人はそうは行かないのよ。それにこれはかなり大きな事件だから、現場を暫く保存して捜査する事になるし、そうなると二、三日かそれ以上の休みになるかも知れないわ」

「へえーっ! やっぱり大変な事だったんだな……」

 二人が『月の砂漠』に着くとそこにも警察官が何人かいた。事件の広がりは予想以上に大きいようである。


 警察官の人種は雑多である。三人いた警官の一人は黒人、一人は白人、もう一人は黄色人種だった。三人ともナンシーと知り合いの様で英語で何やら話をしていたがナンシーが通訳をした。


「金雄さんにちょっと事情を聞きたいから隣の部屋に一人で来てくれないかって、言っているけど?」

「でも俺は英語が喋れないけど?」

「通訳なら部屋に二人いるから大丈夫だって言ってるわ」

「分かった、行きますと伝えてくれ」

「はい」


 金雄は『月の砂漠』の隣の部屋に連れて行かれた。ドアを閉じた途端警官達の態度ががらりと変わった。警官は全部で六人。そのうち二人が日本語を流暢りゅうちょうに話せた。事情を聞くというよりもまるで刑事の取調べの様だった。


 テーブルの席に座らされて周りを警官に取り囲まれ、事情聴取が始まった。苦虫を噛み潰したような顔でまん前に座っているリーダー風な黒人の中年の男が、

「けっ! ナンシーと馴れ馴れしくしやがって! お前なんか死んでしまえばよかったのに!」

 警察官とは到底思えない様な態度で、金雄に罵声を浴びせた。

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