制裁(3)
「に、人間の領域を超えています。まるで鳥だわ!」
「ふふふ、鳥と言われたのはこれで二回目かな」
「ま、前にも言った人がいるんですか?」
「うん、早川金太郎という南国大会の重量級に出た人に言われた事がある。結構強い人で、惜しくも準優勝だったんだけど、ちょっとだけ一緒にトレーニングをした事があってね」
「同じ重量級同士でトレーニングをしたんですか? ライバル同士になると思いますけど。それとも大会が終わった後での事だったんですか?」
ナンシーには今一つ金雄の話が上手く飲み込めなかった。
「あれ? 知らないんですか、俺が資料の間違いで最重量級に出場した事を。俺は今も88キロなんだけど、何故か資料では92キロになっていた。
それで俺の世話をした春川陽子さんが最重量級、会場ではスーパーヘビー級と言ってたけど、間違えてそれにしてしまったんです。本当に知らなかったんですか?」
「ぜ、全然聞いてないわ。ということはまさか……」
「まさか、何だ?」
「い、いいえ何でもないわ。私に知らせる必要が無いから知らせなかったんだと思いますけど、何だかフェアじゃない様な気がします……」
ナンシーは盗聴の事を思い出して言葉を飲み込んだ。自分が浜岡に指令を受けたのは金雄の愛人になる事と、金雄を世界大会のベストフォー以上にする事だけである。
体重に関しては何も聞いていなかった。地下格闘会は元々体重別ではないので何の問題も無いのだが、通常の世界格闘技選手権の場合は、その予選と言えども重大な意味を持つ。
そもそも体重別があるのは、体重の重い者が軽い者より強い事を意味している。勿論ここで言う体重は主に筋肉の事であって、単に脂肪太りで重い者を言うのではない。
この考え方は西洋の合理主義の産物の様だが、東洋の、特に日本の感性とは相容れない所がある。日本の国技の相撲に体重別が無いのはその為でもあるし、柔道も本来はそうだったのだが、国際化されるに従って体重別が一般的になってしまったようである。
常識的に言えば、金雄は極めて不利な条件で試合を戦った事になる。ここに来てナンシーの浜岡に対する信頼は初めて大きく揺らいだ。
それでも彼女は過去の経緯から必死になって浜岡を信じようとしていた。何とかして、彼の金雄に対する仕打ちの正当性を見出そうとしたのである。しかし、中々その正当性は見出せなかった。
それから暫く練習してホテルに戻り、昨日より更に遅い昼食にした。午後八時からの試合に合わせる為である。さすがに『月の砂漠』での昼食にも飽きて来て、ホテルを出て別のレストランにした。ホテルから徒歩五分位の所に、『ザ・ドラゴン』という中華料理店がある。
「ここにしましょうか?」
「ここで食べたことがあるのか?」
「はい、二、三度ですけど。結構いけますよ」
「中華料理なんて久し振りだな。俺は何しろ大樹海育ちだから、特に好き嫌いなんてないからね。野犬も食った、あ、いや、何でもない」
「えっ! 野犬を食べたんですか?」
「まあその、一度だけ。特別旨い物でもないし、それに街に出る事も多くなって、わざわざ食う必要もなかったので止めたけどね」
「や、野性的だったんですね」
「はははは、まあその話は止めよう。じゃあここにしよう」
ナンシーと金雄が中に入って席に座ると、近くにカランと、その恋人らしい男がいた。二人は食事も終わって、間も無く帰る所だった。
「ナンシー!」
「カラーン!」
二人は親しげに呼び合って、軽く抱擁し合い暫く英語で話し合っていた。
それから互いの彼(?)を紹介しあった。カランの彼氏はビエンターといった。メキシコ系の男ではあるが、かなり混血の進んだ男のようで、国籍もはっきりしない様である。
数多くの言語を話し片言だが日本語も出来る。しかしその目付きに金雄は何か嫌な印象を受けた。
二人が帰った後で早速金雄はナンシーに聞いてみた。
「あのビエンターという男はどういう男なんだ。目付きがどうも気に入らないんだけどねえ」
「うーん、女性専門の詐欺師で、ばれると相手を殺して来た男よ。三人殺して、四人目が囮捜査だったの。それで掴まってここに送られて来たのよ。彼はBクラスの選手よ。ひょっとすると対戦する事になるかも知れない。
確かに貴方を見る目は普通じゃなかったわね。何時もはもっと優しい目をしているんだけど。貴方をライバルだと思っているのかも知れないわよ」
「ライバルなら良いんだけどねえ。何か殺気立っている様な気がしたんだよ」
「それは気のせいだと思うけど……」
金雄の言葉にドキリとした。確かに何時もとかなり違う様な気がしたからである。