制裁(1)
「……、とても残念ですけどその通りです。でも地上の世界だって似た様なものです。建前は平等でも本当に平等な国なんて有り得ません。違いますか金雄さん?」
「……、確かにそれは言えているかも知れないね。でもそれを容認するんだったら理想の世界、誰かさんの言うユートピアって何なんだ?」
「それは、今は過渡期ですから仕方が無いのであって、……」
二人の議論はその後も暫く続いた。金雄に気取られない様にしていたが、ナンシーにとっては至福の時間でもあった。今のこの生活が永遠に続けば良いとさえ思っていた。
Dクラスになっても二人の生活はさほど変わらなかったが、少し変わったのはナンシーの髪型がパーマを掛けた普通の感じになったのと、服装が女性秘書らしいスーツになったこと。また試合開始時間が一時間遅くなったことである。
その他にはギャラが二万ピースになった事や、更に言えば客席にちらほらお客がいる事位だろうか。金雄がDクラスの最終戦にも圧勝して明日からCクラス入りが決まった日の夜、相変わらず『月の砂漠』で夕食を取っていた時の事である。
「金雄さん、面白い情報があるわよ」
「面白い情報?」
「そう。どうして皆必死で戦うのか少し分かったような気がする」
「と言うと?」
「ここで大怪我をした者は当然病院に運ばれるけれど、それに最下級市民にしかなれないけれど、怪我が治るまでは病院にいられるし、身体障害者という事になればいわゆる三Kの仕事、きつくて、汚くて、しかも給料が安い仕事にも就けないから、事実上最下級市民でなくなるらしいわ。つまり障害者になるほどの大怪我を望んでいるらしいのよ」
「そうか、それでDクラスの連中も必死で攻めて来た訳か。でもちょっと悲しい話だな」
「それはそうなんだけど、そうなると、Cクラスの連中も同じ様に攻めて来るのじゃないかしら? A、Bクラスはギャラが良いから別格ですけどね」
「成る程ね。当分憂鬱な試合をしなきゃならないという訳か。ところでそろそろ個室のトレーニングルームに移れるんじゃないのか?」
「はい、明日の午前中からです。試合時間は午後八時からになります。夕食を先にしますか? それとも試合の後にしますか?」
「うーむ、微妙な時間だね。まあ後にするよ。その方が練習時間もたっぷり取れるし、小腹が空いたらお八つ程度の物を食べておけば良いしね」
「分かりました。それともう一つちょっとした情報があります」
ナンシーはやや険しい表情になって言った。
「ちょっとした情報?」
「はい。現在六連勝中の小森金雄の名前が次第に知られて来ているという事です。つまりマークされています。A、Bクラスの連中の中にはお金を支払ってCクラス以下の連中に、破竹の勢いで上ってくる選手を潰す様に画策するという噂があります。その場合相当危険な凶器を使って来る事がある様ですから、気を付けた方が良いですわ」
「それは大変良い情報です。そういう情報をこれからも出来るだけ頼みますよ、美人秘書のナンシーさん。しかし本当に美人だね。この頃何だか妙に綺麗になった様な気がする。肌の色艶が良過ぎて、ちょっと怖いくらいだよ」
「えっ! そ、そうですか。嬉しいです。金雄さんにそう言って貰えると、最高ですわ!」
ナンシーの顔はぱっと赤くなった。
「どうした? 顔が赤いけど? 色白だから顔の赤いのが直ぐ分かる。熱でもあるんじゃないのか?」
金雄は心配そうに言うと、ナンシーの額に手を当てた。
「ふーむ、熱は無さそうだな。でも今日は早く寝た方が良さそうだ。それじゃ行こうか」
ナンシーの感情に全く気付かない金雄は、額に手を当てられ、心臓が高鳴ってしばし動けずにいる彼女を尻目に、どんどん出口まで歩いて行って、それからまた戻って来た。
「どうしたんだ? 立てないのか? 肩を貸そうか?」
「だ、大丈夫です。ちょっと動悸がしただけですから。あんまり嬉しかったので、感動しちゃったんです。金雄さんに美人だなんて言われたのは、初めてだったものですから」
「感動したんですか? まあ病気でなくて良かった。じゃあ」
金雄は手を差し伸べた。ナンシーは直ぐにその手に掴まり、金雄に引き上げられる様にして立った。
「ああっ!」
わざとなのか偶然なのかナンシーはよろけて金雄にしがみ付いた。金雄はしっかりと抱き留めた。ナンシーは存分に体を密着させ金雄の耳元で囁く。
「わ、私は、金雄さんのことが、あの、ええと、……」
告白は出来なかったが、相当鈍い金雄にもさすがに彼女の気持ちは分かった。何時までも抱き付いたままにしているのが何よりの証拠である。
「わ、悪いんだけど、そろそろ離れてくれないか?」
「ああ、す、済みません」
結局二人の間にそれ以上の進展は無く、互いの部屋で何時も通り休むことになった。