地下格闘会(12)
「さあて、そろそろ終りにしようか?」
「はあーっ、疲れたーっ! もう一時過ぎたわね。はあっ、これからホテルへ行ってシャワーを浴びて昼食を取って、後は夕方の試合に備える。ふうっ、そんなところでどうかしら?」
金雄の三倍は休んで練習していたナンシーだったが、疲労困憊の状態である。本当は金雄が終りと言い出すのを今か今かと待っていた。
「ふうっ! そんなところで良いですよ。試合のある日は、と言ってもこれから毎日だけど、練習のし過ぎは良くないですからね。じゃあまた木の陰で着替えましょう」
「下着も取り替えて下さいね。私が洗濯して置きますから」
「うーん、い、良いよ。恥ずかしいから」
「私は貴方の世話係なのよ。世話係といえば女房も同然でしょう?」
「あれ? そんな諺があったかな?」
「ずっと昔からちゃんとありますから、辞書で調べてみて下さい。もし無いとすればその辞書がおかしいのよ。さあ着替えて着替えて!」
勝手に諺をこしらえて、ナンシーはそれこそ女房の様な口調で金雄を追い立てた。
金雄を木の陰に追い立てて置いて、自分はちゃっかりその場で着替えを始めた。本当はくたびれ果てて木の陰へ回る事さえ億劫だったのだ。金雄より早く着替えようと焦って、かえって捗らなくて、もたついていた。
それを知らない金雄は早々と着替えを終えてその場に戻って来た。タイミングが良かった(?)のか悪かったのかナンシーは全裸だった。
「あああっ! す、済みません!」
大慌てで金雄は木の陰へ隠れた。
「ご、御免なさい、金雄さん。私、本当は疲れちゃってて、ここで着替えてたの。わ、わざとなんかじゃないですからね」
「わ、分かったから、早く着替えてくれ」
「は、はい」
とんだハプニングだったが、二人の心の距離はまた少し縮まった様である。
ムーンシティで金雄とナンシーとが微妙な関係になりつつあった頃、日本では妙な事が起きていた。
「変ねえ、この部品は何かしら?」
南国格闘大会で金雄の無事な姿を見て、多少なりとも安心した小笠原美穂だったが、そうなって来ると心配なのは売り上げの低下である。
まだ彼女自身の魅力で客足は極端に落ちている訳ではないが、このままでは赤字を出すのは時間の問題だった。
大きな会社ならいざ知らず彼女の様な個人経営の店では赤字は絶対禁物。現状の様にジリ貧の状態では二千万ほどの預金があってもあっという間に食い潰して、店は潰れてしまう。
彼女はロボットやコンピューターについて大学で学んで来たので、今使っているゴールド号の仕組みの大よそは分かる。
そのロボットの性能を少しでも高めようとあれこれいじっていたのだが、マニュアルにも載っていない手の平にすっぽり収まる位の、四角い部品がくっ付いている事に気が付いた。
ソフト面から色々調べてみても何の反応も無い。しかし無意味な部品がくっ付いているという事は無駄というより以上に全く奇妙な事だった。
『プラチナ号の方はどうかしら?』
壊されてしまったホワイト号の代わりに借り受けたプラチナ号を調べると、やはり理解不能の部品がくっ付いている。
『何だろう? 初期の頃にはこの部品は無かった筈よ。唯一考えられるとすれば緊急用の何かということだけど……。よし! 仲間に聞いてみよう!」
彼女と親しい同業者達に片っ端から電話して聞いてみると何人かが気が付いていた。しかし誰もその正体を知らないのである。
こうなったらメーカーに問い合わせるしかないのだが、ちょっと拙い事がある。ロボットの中をいじってメカを改造するのは契約違反になるのだ。
その奇妙な部品のある場所を何故知っているのかと追求されれば、言葉に詰まってしまうし、下手をすると罰金を取られかねない。
そこで仲間の一人が、
「桑山先生に聞いてみようか? ロボット工学といえば浜岡先生だが、彼はメーカーとつるんでいるという噂があるからねえ。
桑山先生は反浜岡派の先生として有名だから、ひょっとすると親身になって相談に乗ってくれるかも知れないですよ」
そんな提案をした。
ただ実際に聞くのは相手が男性だから、女性の方が良かろうということで美穂が聞くことになった。その狙いが見事的中したのか、桑山先生の所に美穂のプラチナ号が運ばれて研究される事となった。
ロボット一台での営業は不安だったが、
『ひょっとすると、とんでもない何かがあるかも知れない』
という彼女の直感の方がそれを凌いだ。
「これは只者じゃないですね。しかし正体が分かるのに最低でも一ヶ月は掛かるでしょう。それまでお貸し願いませんか?」
桑山先生の言葉が彼女の直感の裏付となった。
何が出て来るのか、美穂とその仲間の大道ロボット屋達には緊張の日々が続いている。しかもそれは噂となって徐々に他の大道ロボット屋にも知れ渡って行った。