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知恵のある野獣(8)

 腕で防御はしたものの防ぎ切れず顔面を痛打し、立っているのがやっとの状態の所へ、拳のパンチが再び顔面に炸裂さくれつ。反射的にわずかにかわしたのが幸いして、即死だけはまぬがれたが足から崩れ落ちた。


 エムは止めを刺そうかどうかちょっと迷ったが、彼の耳に多数の車の接近する音が届いた。

『俺の追っ手か? 即座に逃げなければられる!』

 そう判断して直ちに裏口から抜け出し、追っ手の車から死角になる方向へ素早く逃げた。


 男が逃げてからおよそ十五秒後、十台余りの乗用車が次々に到着した。どの乗用車も電動車で、騒音も少なくかなり静かにやって来たのだったが、深夜だった事が男には幸いした。

 これが昼間の喧騒けんそうの中だったら、如何に耳の良い者であっても、多数の電動乗用車の接近に気が付かなかったかも知れない。


 私服の警官達が第二道場の周囲を固め、何人かが大林良太と共に拳銃を構えて中に突入した。道場の中央には光太郎が顔面を血だらけにして倒れていて、他には誰も居ない。


「救急車を頼む、重傷の者一名。顔面が潰れている。危険な状態だ!」

 警察署長の大林は、悲痛な声でリストバンド型の携帯電話を使って救急隊に連絡した。


 病院に収容後の死者一名、重傷者十名を出した今回の事件も、やはり世間に公表される事は無かった。第三道場の出来事等と同様、措置が早かったお陰で何とか一命を取り留めた天の川光太郎の、強い意向によるものである。


 天空会館のある人口三万人程のこの小さな街、天空シティでは会館こそが最大の産業であった。元の名称は樹海シティだったが、この街の出身者である彼の功績を称える意味もあって、天空シティと改名されたのである。

 この街に住む大半の人間が天空会館と関わりを持って生きている。市長を始めとして市会議員もその多くが天空会館と深いつながりの有る者ばかりなのだ。従って光太郎の発言力は絶大で大抵の事は通ってしまう。


 天空会館にとって不利と思われる事は全てが秘密のベールにおおわれてしまうのである。ただ関係者の上層部の間で、

「エムという男をこのまま放置しておく訳には行かない。所在を確かめて何らかの処置をするべきだ。場合によっては殺害も止むを得ない」

 そう結論付けて行方の分からないエムを何人かが捜索、追跡し始めたのだった。しかし通称お化け屋敷の空き家に、金属製の強力な罠など多数の遺留品いりゅうひんがあったのにもかかわらず、彼の身元は一向いっこうに分からなかった。


 その後の調べでエムと称するまるで猛獣の様な男は、どうやら天空シティの北方に広がる、大樹海からやって来たらしいという事が、複数の目撃者の証言から分かった。

 密かに大樹海の捜索がかなりの広範囲にわたって行われた。しかし大樹海は正に海の如くに広い。ドーム型野球場の数百万倍の広さがある事もあって、調べても調べてもこれと言った成果を上げることも無く、数ヶ月の月日が流れて行った。


 その事件の後、一度もエムの姿を見た者は無く、大樹海からやって来た男の起こした事件は、結局は何も無かった事としてやみほうむり去られるはずであった。

 だが、重傷を負った矢田部一心の恐れていた通り、少しずつ事件の噂が広がりつつあった。天空会館の関係者にとっては由々(ゆゆ)しい一大事になろうとしていたのである。


 しかも天空会館の幹部の中に、天の川光太郎とその関係者達とは異なる感覚の持ち主が居て、全く別の野望を抱いていた者があったのだが、それはまだ秘密のベールに覆われたままだった。

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