地下格闘会(6)
「そういう筋書きが出来上がっているんだ。しかし何故なんだろうね?」
「残念だけどその理由までは分からないわ。私の仕事は貴方を世界格闘技選手権の予選突破、つまりベストフォーにする事なの。それ以上の事は求められていない。でも負ける様に仕向ける事は一度も聞いていない」
「ふうん、全く訳が分からないな。まあナンシーにも言っていないとすると、何か余程の事があるんだろうね。……うーん、それじゃあ話題を変えよう。世界選手権は年末にあるんだよね」
「ええ、大晦日の三十一日が予選リーグ。新年の一月一日が決勝リーグになるのよ」
「しかしここで優勝してからなんて、日程的に無理なんじゃないのか?」
「それは大丈夫よ。地下格闘会のランクは単純に一つずつ上がるのじゃなくて、三連勝するとクラスが一つ上がるのよ。
今はEクラスだけど後二つ勝つとDクラスに上がれるわ。最短十五連勝でトップになれる。それなら世界選手権に間に合ってかなりお釣りが来るわ」
「成る程、それを聞いて安心したよ。それで試合は毎日あるのか?」
「一年三百六十五日、一度も休まないの。全ては資金調達のためよ」
「へーえ、それじゃあ最下級市民より酷くは無いか?」
「そうなのよね、私はクレームを付けるのだけど、それに代わる方法が思い付かなくて……」
「しかし資金調達の為に何でも許されてしまうのか?」
「………………」
金雄の当然の指摘にナンシーも答えに窮した。彼女の精神的な苦悩が、この辺りからより強くなって来た様である。金雄はナンシーが苦悩の色を見せ始めたので、それ以上の追求はしなかった。
「ええと、明日俺は何番目に誰と戦うんだ? コスチュームの色はどうなんだろう?」
金雄が話題を変えてくれたのでナンシーはほっとして質問に答えた。
「全ては明日の正午に、インターネットの、ある秘密のサイトで発表される事になっています。それまでは分からないわ。
前にも言ったけど引き分けの時や、不幸にも亡くなったり、大怪我で出場が不可能になったりする場合もあるのでランキングの決め方はとても複雑なのよ。
その方面の専門家が何人かいて協議して決めるの。だから稀には勝ったのにランキングが上がらなかったり、逆に負けたのに下がらなかったりする場合もあるわ。まあ明日を待つしかないわね」
「分かった。……ところでここにはトレーニング場は無いのか? こんな事を言ったらあれなんだけど、試合時間が短かいからトレーニングをして置きたいんだよ。上位の連中との戦いに備えてね」
「ここのホテルには無いけど、近くに大きなジムがあるわ。そこでトレーニングをしている人もかなりいるけど、上位の人達はトレーニング用に作られた個室を利用しています。
少し高いんだけど自分の技を盗まれないようにする為に、そこをずっと借り切っている人もいるわよ。食事の時と眠る時だけホテルに来て後は殆どそこに入り浸っているのよ。個室にしましょうよ」
ナンシーは当然と言わんばかりに個室を勧めた。
「しかし高いんだろう? 俺は安い所でもトレーニングさえ出来ればそれで良いよ」
「ああ、そうそう、言い忘れていたけど試合さえすればちゃんとギャラが出るのよ。クラスによって違うけど勝てばEクラスでも一万ピース。
負けた場合はクラスに関わらず五千ピース。ただしお金の代わりにプリペイドカードになるわ。ムーンシティでしか使えないけどね。
詳しく言っておくとDクラスは二万、Cクラスは五万、Bクラスは十万、Aクラスは別格で、19、20位はA10(エーテン)、17、18位はA9(エーナイン)、という風に細かく規定があって、1、2位はA1(エーワン)クラスになるわ。どの位のギャラだと思う?」
「さあ、トップのA1で、思い切って百万ピース位か?」
金雄は恐る恐る言ってみた。
「ふふふふ、想像が付かないのも無理は無いけど、A10でも百万ピース、A9で二百万、A8で三百万とギャラが上がって行って、A1は一千万ピースなのよ」
「へーえ、凄い額だねえ。ふう、何だか目眩がするよ……」
金雄には付いて行けない様な金額だった。
「命を削って戦うのだから、その位は貰わないとやって行けないわね。大怪我をして入院ということにでもなれば強制的に引退ということになって、後は自己資金で細々とやって行くしかないんですものね」
「成る程ね、そりゃ大変だ。……となると、俺も貰える訳だよね」
「ええ、明日、地下の格闘場に行けば貰える筈よ。身分証の提示で簡単にね」
「ふーん、翌日の支払いになるのか。所でその個室のトレーニング場って幾らするんだ?」
「二十四時間で一万ピース。月ぎめにすると割引があると思うけど」
「じゃあそうしようか。空きはあるんだろうね?」
「それは当ってみないと何とも。今夜中に調べて明日の朝報告するわ。もし空きがあったら予約して良いのよね?」
「うん、お願いするよ、ナンシーマネージャー」
冗談めかしたが、信頼感のこもった言い方だった。