地下格闘会(4)
『何と素直で良い女だ。俺に飛び掛って来た時も、負けを素直に認めた。なかなか出来る事じゃないぞ。俺が考えていたより遥かに素敵な人なんじゃないのか? 浜岡に騙されている点を除けばな』
金雄はナンシーをすっかり見直して、何とか彼女と協力して現状を打破したいと考え始めていた。
「じゃあこれに着替えて。私は後ろを向いていますから」
控え室に入ったのは良いが、何とも殺風景な部屋で着替えの為のカーテンのある個室などは無かった。時間が余り無いので急いで着替えた。
今までの道着などとは違って、かなり露出する部分が多かった。これは凶器等を隠し持つ可能性を少しでも減らす為なのだろう。
「着替えたぞ。これからどうすれば良いんだ?」
ナンシーは振り向いた途端に目を剥いた。
「えっ! その傷はどうしたの? 全身にあるみたいだけど?」
「いや、これは野犬に噛まれた傷でって、あれっ? 知らなかったのか? ああそうか、直接盗聴した訳ではなかったんだよな。
うーむ、誰もナンシーに話していないのか。ああ、詳しい事は後で話すことにして、これからどうすれば良いのか教えてくれ」
「そうね、傷の事は後で聞くわね。ええとまず呼び出しのアナウンスがあるから、そしたらこのドアを開けて真直ぐ進んで突き当りまで行って待つのよ。
もう一度アナウンスがあって、リングの入り口が開くから走ってリングに入る。その扉が開いているのは三秒間だけ。遅れてリングに入り損ねると失格負けになる。
相手の選手も同じ様にして向かい側からリングに入って来るから即試合開始よ。レフリーもいるけど気にしなくて良いわ。
ギブアップの確認と、タイムアップの時の止め役と、凶器の使用に目を光らせているだけだから。試合が終わったら、今度は別の出口が開くからそこから出て来れば良いのよ。
赤いマークが付いているから直ぐ分かるわ。勿論青だったら青のマークの付いた所から出て来れば良い。そこは三十秒間開いているけど、もたもたしていると閉じちゃうから気を付けて。取り残された場合にも負けに見做されますからね」
「随分時間的に厳しいんだね。失神して動けない場合は?」
少し気になっていた事を聞いてみた。
「係りの者が直ぐにタンカで運び出すから心配要らないわ。それからリングから出て来たら道は一本しかなくて、こっちの方のドアからここに来れるようになっている。
もしシャワーを浴びたい場合には、シャワールームが別にあるからそこへ行けばいいのよ。大抵の人はそうするけど、勿論私がご案内いたしますわ」
「次の選手がここに入って来たら、ナンシーが邪魔になるんじゃ無いのか? 着替えもあることだし」
「あら、気に掛かるの?」
「いや、別にそんな訳じゃないけどね。下手をすると更に次の選手も来るんじゃないのか? 部屋が狭くて大変だろうと思ってね」
「その点抜かりは無いのよ。貴方がここを出ると直ぐに私は客席で試合を見ている。その間に次の選手とその付き人が入る。
試合が終わると私はここに戻る。貴方と一緒にシャワールームに行く。私達がこの部屋を出るのを見届けてから、さらに次の選手とその付き人がここに入る。
それを繰り返すの。付き人同士が部屋の中で一緒になる瞬間は有り得るけど、選手同士が一緒になる事はまず無いわね。その為に時間的にシビアなの。毎日五十戦をこなす為に効率良くしないと夜が明けちゃいますからね」
「ふうん、上手く出来ているんだね」
そこまで話した所で、
「……、コモリカネオ!」
午後六時一分前に英語で選手呼び出しのアナウンスがあった。
「じゃ、頑張ってね」
「ああ」
話をしながら軽いウォーミングアップはしたが、それ以上の事は何もしていない。金雄は既にウィチカーニの力量を見切っている。
『余程のアクシデントでも無い限り負ける事は無い筈だ!』
そう確信していた。
しかし、それでも若干の不安を感じつつ、ナンシーに言われた通りに突き当りまで歩いて行って、目の前の扉の開くのを待った。自動ドアの様な感じである。
「コモリカネオ、バーサス、ウィチカーニ、ゴー!」
アナウンスと共に前の扉が瞬速で開いた。直ぐにリングに飛び込んだ。
「ドンッ!」
場内に物凄い音が響いた。一般の客が一人も居なくて静かだった為に音が良く聞こえた。ウィチカーニの体が数メートルの高さで金網に一瞬張り付きそれから下に落ちた。既に失神している。
レフリーが失神を確認して金雄の手を取って高々と上げ、
「ウィナー、コモリカネオ!」
彼の勝利を宣言した。
すぐ別の出口が開いてウィチカーニはタンカで運ばれ、金雄は赤くマークのある出口から控え室に戻った。リング上の汚れを係員が素早く拭き取ると、直ちに次の試合が始まった。