地下格闘会(3)
「ど、どうなっているんだ。まるで迷路だな。ダミーの部屋もあった様な気がするけど?」
「その通り、迷路なのよ。地下格闘会は一応秘密なんですからね。エレベーターの乗り降りも二階からしか出来ないのよ」
「何で秘密なんだ? ここは犯罪者の街なんだろう?」
「まだ世界に公表していないの。その状態でマスコミがここを嗅ぎ付けたら拙いのよ。万一の時にも絶対入り口が見付からない様に、ホテルの部屋に入らない限り秘密の通路には辿り着けない様になっているのよ。それも部屋の出入りを二回繰り返さなければ駄目な様になっているの」
「へえ、凄いね。そこまで厳重に秘密にしているんだ……」
そこでエレベーターのドアが開いて二人は乗り込んだ。ムーンシティに来た時よりは一回り大きいエレベーターだったが、降りた者も居なかったし他に乗る者も居なかった。
エレベーターが下降を始めてから更に話を続けた。
「地下格闘会は多少は犯罪性があるからなんじゃないのか? 止むを得ない事情があってのお金儲けの為とは言っても、ギャンブルはギャンブルなんだし。
それと命のやり取りをギャンブルの種にしていると誤解されそうだしね。まあ武器を使っていないんだから本当の殺し合いじゃないけどね」
金雄は厳しい内容をあえて柔らかい遠回しな表現にした。強い口調で言うとナンシーは激しく反発する。かえって柔目に言った方が彼女には効くと思った。
「そ、それはええと、つまり……」
思った通りにナンシーは言葉に詰まってしまった。そこで逆に金雄はフォローを入れる。そうするとナンシーは自分に対してより親近感が沸いて、なお自分の意見を聞き易くなると判断していた。一筋縄では行かないナンシーをどう説得するか、必死に考えた成果でもある。
「でもまあ崇高な目的があるから辛うじて許されるという事なのかな」
「そ、そうよ、止むを得ない事もあるのよ。でも余り感心した事じゃないことも確かだわ。私はしばしば反対意見を唱えているんだけど、残念ながら少数意見なのよね。だけど浜岡先生もなるべく早く止めるとおっしゃって下さっているのよ」
「ふうん、そうなんだ。それが早く実現すれば良いね。……ところでこのエレベーターもロープを使っていないリニア式なのか? 手すりとかは付いて無いけど」
ナンシーの心の負担を軽減する為にも、さり気無く話題を変えてみた。
「残念ながらこれは普通のエレベーターよ。百メートル位じゃメリットは無いわね。五百メートル以上になるとロープも長くなって大変なのよ。そうなるとリニア式の方が有利になるわ。
それに本当のメリットは斜めや水平移動も出来るという事なの。ただ垂直に上り下りするだけなら大したメリットは無いらしいわね」
「たかがエレベーターなのに色々な考え方があるんだね。それにしても何だかスピードが遅い様な気がするけど?」
「このエレベーターは古いのよ。ここは元々アメリカ軍の核シェルターだったものを浜岡先生が買い取って、改良工事を施して来たのだけど、将来閉鎖する予定の場所にお金は掛けられないという事で、エレベーターは昔のまま使っているのよ。……それにしても本当に遅いわね」
遅い遅いと言ってる内にそれでも何とかエレベーターは地下のそのまた地下に到着した。しかし人気は殆ど無く、全く静かだった。
「しかし静かだねえ。試合まで後三十分少々だとはとても思えないな」
「第一試合やそこらじゃ誰も見に来ないわ。毎日五十戦ずつある訳だけど、最初の十戦目が終わる辺りからぼちぼちお客さんが入ってくるのよ。満員になるのは残り十戦を切ってからね」
「ふふーん、そんなものなのか。お客さんがいないと張り合いが無いね」
「早く勝ち上がってAクラスになると良いわね」
「Aクラスって?」
「ああ、まだ話していなかったわね。ええとね、十戦ずつ上から区切って、A、B、C、D、Eの五つのクラスがあるのよ。Eクラスのお客さんはゼロ。Aクラスは超満員。そんな感じね」
「ふーん、そういうものなんだ。……それはそうと俺は赤いコスチュームだったよね。ちゃんと赤いコスチュームを持って来ただろうね?」
「勿論、って言いたいけれど、両方持って来てるのよ。いつも奇数番とは限らないし」
「何だ、それならサルにだって出来るよね」
「私はサル並なの?」
「いえいえ、美人のお嬢さんに向かってそんな事は決して言いませんよ。ただもう赤の控え室を過ぎた様な気がするんですけどねえ」
「あっ、話に夢中になって通り過ぎちゃったわ。ご、御免なさい」
ナンシーは素直に謝って引き返した。その素直さに金雄は感心した。