地下格闘会(2)
「ふーむ、俺が天空会館の人達と戦った時と、似た様な感じな訳か。しかし、それでどうして俺の行動を否定出来るんだろうね?」
「そ、それは、金雄さんの戦った相手が善良な市民だったからよ。地下格闘会の場合は全員が凶悪な犯罪者だから許されるのよ……」
自分で言いながらナンシーは少し自分の言葉に疑念を感じていた。何か変な理屈なのだ。
「それって変じゃないか? まるで殺人ショーみたいじゃないか。いくら人気があるからといって何故普通のルールでやらない?
殺人を犯罪と言いながら、人が死ぬ様に仕向けているような気がするけどね。確か、凶悪な犯罪者にも普通に生きる権利があると、誰かさんが言った筈だよね。これって普通に生きる権利があるとは到底言えないぞ」
金雄の主張は正に正論だった。ナンシーは答えに窮したが何とか言い繕うとした。
「ば、莫大な賭け金が動くのよ。年間で兆単位の収入になるわ。ユートピア計画はお金が掛かるのよ。浜岡先生は計画が軌道に乗ったらちゃんとしたルールに戻すと言ってくれたわ」
「その計画はいつ完成するんだ? 永遠に完成しない様な気がするがな」
「そ、そんなことは無いわ! 絶対に完成する、完成させてみせるわ!」
激高してナンシーは叫んだ。金雄はこれ以上言っても無駄だと思って、次の行動に移ることにした。
「余り時間が無いから、そろそろ宿に行かないか?」
気持ちの高ぶっているナンシーをなだめる様な優しい口調で言った。
「え、ええ。……行きましょう。ここの支払いは私に任せて」
ナンシーも少し興奮し過ぎたと反省して穏やかな調子に戻して言った。
「いいのか?」
「この街にいる限りお金の心配は要らないわ。私の持っているカードで支払いは全部オーケーよ」
「分かった、任せるよ」
ホテルの従業員ではなくナンシーが自ら部屋に案内した。ちゃんとキーを持っている。
「さっきチェックインを済ませて来たの。最上階のスィートルームよ。ふふふ、最上階といっても二階だけどね」
二人は階段を上ってスィートルームに入った。
「ところでここはどっちの部屋なんだ? まさか相部屋という事は無いよね」
「部屋はここ一つよ。でも大丈夫。中に個室があって内鍵が掛けられる様になっているの。個室が三つもあるのよ」
「へーえ、でも同じ部屋というのは危険だな。ナンシーに襲われるかも知れない」
金雄がナンシーに冗談らしい冗談を言ったのは、これが初めてだったろう。
「な、な、何ですって! だ、誰が貴方を襲うものですか。あ、貴方こそ、……馬鹿なことを言ってないで、金雄さんは一番玄関に近い部屋にして下さい。私は一番奥にしますから。少し離した方がお互いに良いでしょう?」
「ああ、分かった。その方が煩くなくて静かに眠れる」
「煩くなくて静かに? ええっ! 私がまるで鼾でも掻くみたいな言い方ね。私は一度も鼾なんか掻いた事が無いわよ」
「自分の鼾は聞こえないもんだよ」
「ああ、何とでも言うが良いわ。それよりのんびりしている暇は無いわよ。部屋に荷物を置いたら直ぐ地下の格闘場に行きますからね。コスチュームとかタオルとかは私が持って行きますから。
ああ、それと身分証は私が地下に行ったら預かるわ。ああ、それから、ええっと、もう地下に行ってからで良いわね。じゃあ支度が出来たらここで待ってて」
ナンシーは慌しく自分の個室に入って行った。
金雄はゆったりと自分の個室に入り荷物を置いて、鏡を見、気持ちを落ち着けてからさっきの場所に戻った。
『ナンシーは多分かなり時間が掛かるぞ』
金雄の思った通りそれから三十分以上掛かってやっとやって来た。また衣装が変わった。上下ともトレーニングウェアーになっている。コスチュームなどの入ったやや大きめのバックも持っている。
「じゃあ、行くわよ。私の後に付いて来てね」
「そのバックは俺が持とうか?」
「私は貴方のマネージャー兼アシスタントよ。全部私に任せて。それに重い物は何も入っていないから軽いのよ。うふふふっ!」
その時、初めてナンシーは本来の笑顔を、奇麗な笑顔を金雄に見せたのだった。
ホテルの二階は意外に複雑で迷路の様になっている。幾つかの部屋に入ったり出たりして、やっとエレベーターの前にたどり着いたのである。