地下格闘会(1)
「私ね、……本当は人殺しなの。浜岡先生に救われたのよ。未成年だったから公表はされなかったけど、素手で一人殺してるのよ」
「えっ! えええっ!」
思わぬ告白に金雄は困惑した。あれほど自分を極悪非道の人殺しと罵っていた女が、実は自分も人殺しだったとは。ショートヘアーのおかっぱ風の頭のナンシーの顔を、しばし呆然と見つめた。
『しかしそんな重大な事をここで言っちゃあ拙いだろう』
そう思って、
「人の耳があるんだから、余りここで言わない方が良いんじゃないのか?」
金雄は心配して言った。
「ふふふ、この街はねえ金雄さん、犯罪者による犯罪者の為の街なのよ」
「ど、どういうことだ? もしそうだとするとあのカランという女性もか?」
「そう。彼女も今からでは想像も付かないけど、十代の時我が子を虐待して殺してるのよ。
ごく一部の人を除いて皆凶悪な犯罪者だった人ばかりなのよ。ここのマスターもさっき来たウェートレスのシンシアもそうだし、お客さん達もね」
「うーむ、……」
金雄は考え込んでしまった。頭の中が混乱していてうまく纏められない。
「まだこの事は公表されていないんだけど、世界中の凶悪な犯罪者が次々とこのムーンシティに送り込まれて来るのよ。
地下二千メートルもあるからおいそれとは地上に戻れないわ。言わば脱獄不可能な監獄みたいな物ね。もしそれがうまく行けば地上は善人だけになり、ここは悪人だけになる。
善と悪とが完全に二分されれば、少なくとも地上は善人だけの理想郷になる。これが浜岡先生のユートピア計画なのよ」
「ああーーっ! 成る程!」
金雄は思わず納得してしまった。一応筋は通っている。
しかし何かがおかしい。もし自分が浜岡の言う事を聞かなければ美穂が殺される。とすれば浜岡は犯罪者である。いや今既に犯罪者なのだ。自分を脅迫し、美穂を命の危険に晒しているのだから。
もう一人連れて来られたウィチカーニという男も脅迫を受けているとすれば、複数の人間を脅迫している事になり、浜岡は凶悪な犯罪者の仲間入りだと言っても良いだろう。その点を聞き質さずにはいられなくなった。
「しかし浜岡は俺を脅迫しているぞ。美穂の命を危険に晒している事になる。これって犯罪じゃ無いのか?」
「勿論犯罪よ。だから浜岡先生はここのシステムがうまく行き次第ここの市長になる手筈になっている。特別な用事が無い限り地上には戻らないとおっしゃっていたわ」
「ふーん、……」
金雄は嘘臭いと思ったが約束なので批判はしなかった。
『見事に丸め込まれているな。年中特別な用事だらけになって、結局は地上で生活するんじゃないのか?』
疑念はあったが、幾ら聞いてみたところで埒が明きそうも無く、金雄はすっかり冷めてしまったコーヒーの残りを一気に飲み干して、試合のルール等についてナンシーに聞き始めた。
「ところで今夜の試合の事なんだけど、何時から始まって誰と戦うんだ? それとルールはどうなのかそれを知りたい。ランクから言えば始まるのは早いんじゃないのか?」
「そうね、余り時間が無いわね。先ず時間だけど、午後六時きっかりに始まるわ。あと三時間も無いわね。じゃあ簡単に言うわよ。奇数は赤、偶数は青のアマレス風なコスチュームで戦うの。
戦う相手は奇数と偶数の続き番。つまり金雄さんは一緒に来たウィチカーニと戦う事になるわ。下から一番と二番だから当然第一試合よ。
リングは特設のもので金網が張ってあって逃げられない様になっている。ルールは特に無し。金雄さんは得意でしょう?」
「ルール無し? 例えば噛み付いても良い訳だ」
金雄は悲惨な試合展開を予想した。
「そうよ。試合時間は十分。引き分けは両者負けになってランクが下がるから気を付けた方が良いわ。ふふふ、お二人の場合はもうこれ以上は下がらないけど、最下級市民になる可能性が高くなるからその点には特に気を付けた方が良いわね。
それで試合の決着なんだけど、どちらかがギブアップするか、レフリーが試合続行不可能と判断した時に勝敗が決まるの。審判は居ないのよ。
それから勿論武器の使用などは厳禁よ。もし万一使ったら大幅にランクが下がるし、特に危険な凶器の場合一発で最下級市民に決定する事もあるわ。
……でもねえ、たまに死ぬ人がいるのよ。本当に気の毒だし、出来れば死ぬ人の無い様なルールにして欲しいのよね。だけど、なりふり構わない死に物狂いのファイトが人気なのよねえ……」
ナンシーはちょっと顔をしかめた。