ナンシー(7)
コーヒー一杯で長々と粘るのも悪いと思ってスパゲッティを頼んだ。それを食べ終えてもまだ来ない。コーヒーは御代わり自由となっていたので二杯目を飲み、更に三杯目を飲み、それでも来ないのでショートケーキを頼んで食べ、またコーヒーを追加して飲んだ。
実に四時間もたってから、
「ああ、悪かったわね待たせて」
と、大して悪びれもせずやって来た。
「い、いや。適当に食べてたから。コーヒーもたっぷり飲んだし。しかしその格好は!」
金雄はナンシーの変身振りに驚いた。長い髪をばっさり切り、サイケな感じのミニスカートにブラウスの裾を前で縛ってへそだしルックにしている。露な太ももは目のやり場に困る位である。
「私、心を入れ替えたの。こんな格好は生まれて初めてしたのよ。金雄さんに負けて格闘家返上よ。女になったの。変な意味じゃないわよ。ああ、これ一応特急のクリーニングに出して今出来たところ」
ナンシーは金雄に借りた南国大会用の道着を、クリーニング店から持って来たままの透明の袋に入った状態で返した。やはり何か拘りがある。
「お腹が空いちゃったな。ここで何か食べても良い?」
「ああ、別に構わないけど。……髪を切っちゃったんだね?」
「うん。何時かは切ろうと思っていたんだけど、ちょうど良い区切りになった。ああ、私ビーフステーキ、レアで。ライスと野菜サラダも付けてね」
ウェートレスに馴れた感じで注文し、話し続けた。
「それじゃ早速ビジネスに入るわね。ここのホテルにはね、地下があるの」
金雄の向かいの席に座ると、ウェートレスの持って来た水を余程喉が渇いていたのだろう、一気に飲み干してから猛烈に話し始めた。
「地下?」
「そう。地下二千メートルのそのまた地下というのも変だけど、更に百メートル下に特別製のリングがあって、そこで試合をして貰うわ。今夜から直ぐにね」
「それはまた急な事だな」
「本当はもっと早く話すべきだったんだけど、個人的な感情の為に話すのが遅れました。済みません」
ナンシーはぺこりと頭を下げると直ぐまた話し始めた。
「第1位から第100位までのランキング制があって、今99位と100位が空きになっているんです。金雄さんが99位、私達と一緒にやって来たウィチカーニが100位になるの。
一日に一試合。勝てばランキングが上がる。負ければ下がる。最下位で三回続けて負ければムーンシティの最下級市民になる」
「さ、最下級市民?」
「そう。でも別に奴隷とかいう意味じゃないから。簡単に言えば人の嫌がる職業しか選べない事になるの。危険な土木作業とかね。なり手が少ないから強制的に割り振るしかないのよ。ムーンシティでは常にその方面の人手が足りないの」
「それって奴隷とどう違うんだ? 職業を選択する自由が無ければ奴隷と大して変わらないじゃないか!」
金雄は語気を強めた。何か胡散臭さを感じるのだ。
「そうでもないわよ。週に一度は確実に休めるし、一日八時間労働制で残業すればちゃんと手当が付く。余暇を利用して創作活動に打ち込んで芸術家として認められて、肉体労働から解放された人だって何人もいるのよ」
「うーむ、しかし……」
「ああ、そうそう肝心な事を言い忘れてたわね。ああ、どうも。私一人食べるのも悪いわね、金雄さんも何か食べます?」
ウェートレスの運んで来た料理を食べながら、更に話を続けた。
「俺はもうお腹一杯だよ。それで肝心な事って何だ?」
「ムーンシティ地下格闘会というのが、これから金雄さんに戦って貰う競技の名前なんだけど、長いから単に格闘会って呼んでるけど、出場する選手に一つの共通点があるんだけど分かる?」
「共通点? さあ、……ひょっとして犯罪者という事か?」
「当り! でも更に言えば素手で二人以上の人間を殺した人が参加資格になっているの。病院とかで亡くなった人も含めてね。金雄さんはもう十分にその資格があるわね」
「有難くない言われ方だがまあいいや。それで?」
「だから本来なら死刑か終身刑に相当する人達な訳よ。にも拘らずムーンシティではちゃんと市民として生きていけるのよ。
……どんな極悪非道な人間にも、人間として普通に生きる権利がある。浜岡先生からその言葉を聞いた時、私は正直感動で体が震えたわ。」
「ふーん、……」
金雄は、言う事とやっている事とが大分違うと言いたかったが、悪口は言わない約束だったので、敢えて何も言わなかった。