知恵のある野獣(7)
入る時はその素晴らしいジャンプ力で二階の窓に手を掛け、よじ登るようにして入室するのである。もしもの時の為に一階は罠だらけにしておいたのだ。外でうめいている者の中にエムの見知った顔があった。光太郎の側にいた一心を彼は知っている。
「天空会館の奴等に間違い無いな。畜生、闇討とは情けない。これが天下の天空会館館主、天の川光太郎のする事か!」
エムは天空会館本部の一部に明かりが灯っている事に気が付いた。そこに光太郎が居るらしいと、ピンと来た。
「光太郎、逃げるなよ!」
激しく叫びながらエムは明かりを目指して走って行った。
時折、奇声を発してエムが猛スピードで追い掛けて来る事に、一人逃げ出した原田源次郎は気が付いた。頼りになる場所と言えばやはり天空会館しかない。彼も天空会館の第二道場に明かりが灯されている事に気が付いた。
『先生が危ない!』
動転していた彼の頭にその言葉だけが閃いた。彼は一目散に第二道場に掛け込んだ。思った通りそこに光太郎が居た。
「先生、に、逃げて下さい! あの男が来ます。私以外の全員がやられました。は、早く!」
「ははは、準備は出来ておるのじゃ。心配は要らん」
光太郎は目配せをして源次郎を安心させた。せめてこの男だけでも助けたい、そう思ったのである。
「それよりもお前は裏口から自宅に戻って待機していなさい。良いな、すぐ行きなさい。これはわしの命令じゃ。おっとその前にたった今、お前の破門は解除した。さあ早く行くのじゃ!」
「は、はい」
源次郎は必ずしも納得した訳ではないが、館主の命令とあれば従わない訳には行かなかった。
彼が去って二十秒もしない内にあの男が現れた。身体の所々から血が滴っている。重傷まではいかないが、かなりの傷を負っている。
「あんたもなかなかやるねえ。人が気持ち良く寝ているところを襲わせる何ざ大したものさ」
エムは皮肉めかして言った。
「卑怯だと言うのか!」
「いいや、俺は褒めてるんだぜ。こういう事は兵法の初歩。しかし俺だってぬかりは無いさ。色々と仕掛けをして置いたからね。三人は引っ掛ったな。
あんたは門下生に何を教えていたんだ? 家に男が一人閉じ篭っているんだったら、火を点けるのが最善だろう。出て来た所を十人で袋叩きにすりゃ良いんじゃないのか?」
「十人? どうして十人と分かる」
「ざっと何人いるのか常に俺は数えているんだぜ。逃げた奴が一人、罠に掛った奴が三人。二階で倒したのが四人、階段の所で蹴飛ばしたのが一人、音から判断して階段の下の方に居た奴が潰された。そいつが一人で合わせて十人だ」
「な、成程」
光太郎は男の決して力だけではない知的能力の高さに驚かされた。
「袋叩きにするぐらいじゃあ俺は倒せない。飛び道具が良い。銃がご法度なら弓か手裏剣を使えば良い。そうすれば俺を何とか倒せたかも知れん」
「ば、馬鹿な。曲がりなりにも人様の家に火を点ける等と、そのような無法な事が出来る筈も無い!」
「へへへ、甘ちゃんだねえ。虫唾が走るぜ! だから俺はあんたの門下生に一分一秒もなりたくなかったのさ。現実にあんたの門下生の、多分最強メンバーだろうが十人の内九人までが死んだか大怪我かどっちかだ。この責任をあんたはどう取るんだい?」
「そ、その者達は既に破門している。わしとは何の関係も無い」
「へえーっ、そこまで言うんだ。しかし世間の人はそうは思わないだろうよ。ここの最強メンバーが破門された途端に俺を襲ったとなると、俺を襲わせる為にわざと破門したのだと皆は言うんじゃないのか?」
「だ、黙れ!」
「まあ、一人には逃げられたけど早々と逃げ出したもんでね、追い付けなかったよ。その男は見込があるね。他人の命より自分の命。俺が同じ立場だったらやっぱりさっさと逃げる。これも兵法の初歩だ」
「わしに何の用がある。襲われた仕返しか!」
「さっきも言った様に別に恨みに思っちゃいねえ。楽しませてくれた御礼を言いに来ただけさ。身体でな!」
言うが早いか男は強烈な金的蹴りを仕掛けて来た。辛うじてかわしたが二の矢が早い。顔面を狙っての連続パンチ。一発一発が重くしかも速い。
光太郎は防戦一方となった。更に再び強烈な金的蹴り。今度も辛うじてかわしたがよろけてしまった。殆ど飛ぶ様な感じで顔面へ膝蹴りがやって来た。