ナンシー(4)
ビルの中に入るとやはり銃を持った二人の屈強の男達がいた。その二人は中から外へ出る場合の警備にあたっている様である。
ナンシーもカランも外の二人と同様顔馴染みの様で、やはり英語で軽くジョークを言い合って、笑ってその場を通過した。
金雄ともう一人の男はその後を少し不安そうに付いて行った。入って奥に少し行くと右側にカウンターがあり、受付の事務をしているようである。
「面倒だけどもう一度身分証を出して。さっきやったのと同じ事をもう一度するから」
今度はごつい男達ではなく、比較的若い女性が応対した。作業は簡単に終わり、その女性は館内放送で人を呼んだ。
間も無く中年の身体つきのがっしりした男性が二人やって来て、先頭に一人、最後尾に一人を配して歩き出した。腰には短銃が見える。相変わらずの物々しい警戒である。
「ど、何処へ行くんだ?」
まるで処刑場にでも行く様な緊迫した雰囲気に、息が詰まって思わず金雄はナンシーに聞いた。
「言って置くけど、貴方と彼とは最も危険な人物と見なされているのよ。特に金雄さん。貴方は史上最悪の男としてここではマークされているの。
これからある所に行くんだけどそこに着くまでは彼等も同行するわ。途中で暴れたりしない様にね」
「昔はともかく、今は子羊の様に大人しいんだがな」
「そんな事を言っても、私も含めて誰も信用しないわ。黙って付いて来ればそれで良いのよ」
「ああ、分かった」
もう一組のカップルも似た様な事を話し合っている様である。
角を二回右に曲がると左側にエレベーターがあった。先頭の男が壁にある鍵穴にキーを差し込んで回すと、ドアが開いた。
定員が十人程度の小さなエレベーターである。少し気になったのは頑丈な手すりが出入り口を除いた三方に付いている事だった。一般の業務用のエレベーターには手すりは殆ど付いていないものである。
『余程揺れるのか?』
金雄の心配を他所に、エレベーターは滑らかに降りて行った。どうやら地下があるらしい。
『何だ殆ど揺れないじゃないか。結構綺麗だから、一種のアクセサリーかな?』
そんな事を考えながらふと壁を見ると、B1、B2の文字が目に入った。
『地下二階まであるという事なんだな。地下牢にでも閉じ込める積りか?』
しかし金雄の予想を裏切って、エレベーターは何処までも下へ下へと降りて行く。
「ナ、ナンシー、何処まで行くんだ、このエレベーターは?」
「ああ、言い忘れていたわね、B2迄よ。でも地下二階の意味じゃないわ。地下二千メートルの事よ」
「えええっ!」
さすがの金雄も絶句した。地獄の底へ落ちて行く。そんな気がした。しかし新米二人の男を除けば慣れているのか皆平然としていた。
更に驚く事が続く。
「そろそろB1に着くわ。手すりに掴まって」
B1の文字が点滅しているし、
「ビー、ビー、ビー」
と警告音が発せられたのでいよいよ到着だと思うのだが、これほど滑らかに動いているのだから止まる時に大きく揺れるとは考えにくい。しかし、
「金雄さん、早く掴まって!」
ナンシーが叫んだので慌てて手すりに掴まった。その直後今まで垂直に降りていたエレベーターが斜めに降り始めた。少しずつ緩やかな斜面になって、間も無く真横に移動する様になった。まるで電車の様である。
『こ、これはどうなっているんだ? ロープはどうなっているんだろう?』
エレベーターの壁の左右の一部が、ガラス窓の様になっているので、進行方向に転々と明かりが点いているのが分かる。電車に乗って長い長いトンネルに入った様な錯覚に陥る。新米の男二人はただもう呆然とするばかりであった。
その二人の様子を見てナンシーが勝ち誇った様に言い出した。
「ふふふふ、これが浜岡先生の力なのよ。金雄さんもそっちの彼もロープの事を心配しているのかしら? でも大丈夫。このエレベーターには最初からロープなんて無いのよ。それでどうして落ちないのかって思うでしょうけど、磁石の力を利用した、リニア式だからなの」
「……停電したらどうなるんだ?」
少考してから金雄が聞いた。
「自動的に巨大な爪が出てがっしりと押えるから大丈夫。エレベーターに最初に乗った時はその状態だったのよ。ピクリともしなかったでしょう?」
「そ、そうか。難しい事は良く分からないけど、大変な技術だという事は想像が付く」
「この方面でも浜岡先生は世界を圧倒的にリードしている。ロボットカーの方はまだまだだけど、こっちは既にビジネスとして動き出しているのよ」
「浜岡先生というのはなかなかの商売人なんだな」
「な、何ですって! くっ、お、覚えておきなさいよ!」
ナンシーは怒りをぐっと堪えた。エレベーターの中で事件を起こすのは拙いと思ったのである。