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ナンシー(1)

 しかしそれがナンシーの指示であるならば、行かない訳にはいかない。

「ナンシーが行くようにと言ったんだろう?」

「それはそうだけど……」

「だったら行くしかない。もう搭乗時間の締め切りが迫っている。偽造か何かであっても強制送還されるぐらいだと思うよ。この飛行機にも乗れないかも知れないしね」

「もう、冗談ばっかり言って、……世界大会でお会いしましょう。きっとよ」

「ああ、出られる様に頼んでみるよ。きっと会えると思う。じゃあ」

「さよなら! ううううっ」

 リカは笑顔で送る積りだったが、手を振っている内に涙が零れ落ちて来た。


「さよなら!」

 金雄は一度だけ振り返って手を振ったが、リカの涙が胸に突き刺さった。

「さよなら!」

 もう一度だけ別れを言って機上の人になった。偽造かも知れないパスポートの類はどうやら大丈夫の様である。


 生まれて初めて乗る飛行機に最初は随分ずいぶん緊張していたが、その内に慣れてきて殆ど寝てばかりいた。フェリーの時の様にトレーニングする訳にも行かず、その上窓から遠い席だったので景色を見る楽しみも無い。

 胸に突き刺さったリカの涙が心に重くのしかかっていて、前の座席に付いているテレビ画面で見れる映画も、全然見る気になれなかった。


 南国島や中央島も外国ではあったのだが、ビザもパスポートも必要なく、言葉も通じたので海外旅行という印象は余り無かった。

 今回こそが初めての本格的な海外旅行なのに、そもそも行き先であるセントラルシティがどんな街なのかさっぱり分からない。


 漠然ばくぜんとした不安だけが金雄を包んでいた。しかも客室乗務員の話す言葉は原則として英語だった。そうなれば時をやり過ごす為に、食事の時以外は寝るしかなかったのである。

 しかし眠るのにも飽きて、ただぼんやりと機内を見回したりしているうちに、シートベルト着用のサインが出た。どうやら無事到着の様である。


 時差の関係で午前十時に出発して同じ日の午前六時に到着である。寝てばかりいたのが幸いして、金雄は余り時差ぼけにはならなかった。


「何だか恐ろしく辺鄙へんぴな所だな……」

 金雄のセントラルシティに降り立った第一印象はそれだった。名前が似ているのにも拘らず中央島の空港に比べると如何にも貧弱である。


『成る程、こんな小さな滑走路一本しか無い様な空港じゃあ、スーパージャンボジェット機は無理だな。それにしても一体ここに何があるんだ?』

 訳が分からなかったが他にどうしようもなく、とにかく飛行機からは降りた。 


 ターミナルもごく小さく降りた人も数える程しかいなかった。周囲はほとんど英語。誰が自分を迎えに来ているのかさえ良く分からなかった。


 荷物を受け取ってターミナルの中を歩いていると、

「ハァーイ!」

 褐色の肌の若い女性が手を上げた。てっきり自分かと思ったのだが、

「オーッ、カラン!」

 やはり褐色の肌の背の大きいがっしりした体格の男がそれに答えた。


『カラン? 何処かで聞いた様な名前だな』

 自分ではないと分かると少しがっかりして、出口の方に向かって歩いて行った。その空港に降りた七、八人の内、迎えが来なかったのは自分だけである。仕方なくターミナルの出口から外に出た。


 このまま誰も迎えに来なかったらどうすればいいのか。鞄を持ったまま金雄はそれらしい人物を探してうろうろしていた。


 車が何台か日本とは違って車道の右側に止まっているが、人影は殆ど無い。ただ一際立派な白く長い十人余りは乗れそうな車が目に付いた。運転手はいない様である。


 その車の前から二番目のドアが開いて中から長い金髪の大柄な女性が降りて来た。目の色は青い。しかしその女性は金雄を見るなり急に険しい表情になった。


 それが初めて見るナンシー山口である事に金雄も直ぐ気が付いた。二人は無言のままにらみ合いを続けたが、

「ナンシー、イキマショウ」

 先ほどの褐色のカップルがやって来て、カランと呼ばれた女性がたどたどしい日本語でナンシーに声を掛けると、その二人に彼女は笑顔を見せた。


「金雄さん、乗って」

 ナンシーはちゃんと日本語で最低限の敬意は表して金雄に言った。レディーファーストの国ではあるが、彼女は金雄を先に乗せて自分は後から乗り込んだ。


 褐色のカップルは金雄達の後ろに乗った。彼等も同様に男性が先に乗った。恐らくは女性が案内人なのだろう。しかし運転手がいない。いや、それどころかハンドルすらないのだ。

 良く見ると、無いのハンドルばかりではなく、足元にある筈のペダルも無いし、ギヤチェンジ用のレバーらしきものも無い。メーター類であるのはスピードメーター位である。

『な、何だこの車は! これでどうやって走るんだ!』

 金雄の頭の中は一種のパニックだった。褐色の男も恐らくそうだったろう。


「ドアをロックしてから出発して!」

 ナンシーが運転席の辺りにそう言うと、全てのドアが自動的にロックされ、運転手無しで動き出したのである。これには金雄も褐色の男も驚きの声を上げた。


「オォーーーッ!」

「えええっ! こ、これは!」

「ふふふ、大分驚いている様ね。これが浜岡先生のユートピア計画のほんの一端なのよ。貴方は私達が他愛の無い幻の様な理想を追いかけていると思っていたんでしょう?

 そんな幻の為に人質を取るなんて許せないってね。でも少しばかり違う様だと今は思って来たでしょう? どうかしら?」

「無、無人で動く車がどうしてユートピアなんだ!」

 金雄は強く反発して叫んだ。

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