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影山兄妹(8)

「あ、あのうもし宜しければ朝御飯を一緒に食べて頂けませんか?」

「朝御飯?」

「はい、そろそろ御飯が炊き上がっている頃だと思いますので。簡単な物しか御座いませんが宜しければ」

「さっき時間が掛ったのはその仕込だったんですか?」

「御飯は昨夜から仕込んでおいたのですが、お味噌汁とかはまだだったので、今弱火にしているのでそろそろ頃合だと思います」

「えっ! ガスに火をけたままなんですか?」

「はい、でも大丈夫です。弱火だと煮零にこぼれませんから」

「ああ、でも早く行って見た方が良いな。じゃあご馳走になります」


 二人は早足でビルの中に戻った。ビルに入るとプーンと良い香りがして来た。

「ああ、味噌汁の匂いが良いですね。何処で食べるんですか?」

「一階にはちゃんと食堂も調理場もあるんですよ。今日はたまたまお休みだったんですけど、普段は門下生達で結構賑やかなんですよ。

 調理も修行の内という事で、合宿に来ている人達は当番制で代わる代わる調理をするんです。女子は勿論ですけど男の人達もです」

「休みはちょくちょく有るんですか?」

「いいえ、ここが完全に休みになるのは南国大会の次の日、一日だけです。後はお盆やお正月でも大抵何人かが居ます」

「じゃあ一年に一度だけなんだ」

「はい、絶好のチャンスだったんですけど」

「チャンス?」

「あ、いいえ何でも有りません」

 リカは顔を赤らめて黙ってしまった。


 間も無く食堂に着いたがその大きさに驚いた。

「へーっ、広いんですね!」

「最大収容人員五百人ですから。この島だけじゃなくて南国島や日本から、その他に遠くアメリカやヨーロッパの支部からも合宿に来る人達がいて、多い時には千人位の時も有るんですよ。そういう時は時間をずらして食べて貰うんです。

 それだけ盛況になったのもナンシー先生のお陰だったんですけど。あっ、それじゃ私支度して来ますから、なるべく調理場に近い所に座ってお待ち下さいね、うふっ!」

 リカは初めて金雄に笑顔を見せて調理場に向かった。笑顔が何とも美しい。


「はい。じゃあ、お願いします。ああ、何か手伝いましょうか?」

「いいえ、何処に何があるかお分りにならないと思いますから」

「ははは、それもそうですね。じゃあ、お任せします」

 金雄はその時、美穂との出会いの中で似たようなシチュエーションが有った事を思い出した。


『あの時は雨が降り出して来る直前だったな。リングを片付けると言うので手伝おうかと言ったんだ。そしたら素人がやるとかえって時間が掛ると言われて……。懐かしいな』

 感傷に浸っているとワゴンを押してリカがやって来た。


「お待ちどう様。御飯とお味噌汁のお代りはありますから」

 リカは首からのエプロンをしていたがショートパンツを穿いているせいか、その格好はなかなかに色っぽかった。


『計算ずくのお色気なのかな?』

 金雄はまだ百パーセントはリカを信用していない。

『最後の最後で、どんでん返しの有る可能性を否定出来ないな』

 そう思っていた。


 リカが簡単な朝食と言っていた割には豪華な朝食だった。炊立たきたての御飯、豆腐と若布わかめと小ネギの入った味噌汁、焼いた紅鮭の切り身、ほうれん草のお浸し、更に目玉焼きと、お新香は沢庵たくあんと、キャベツと胡瓜きゅうりの一夜漬けの二種類有った。


 テーブルの上に二人分賑やかに並んだ。その後で少し離れた場所に行って、エプロンを外し、丁寧に畳んで椅子の上に置いてから席に座った。金雄はマナーの良さに感心した。


「いただきます!」

 期せずして声が揃って二人は食べ始めた。正直な所、金雄は感動した。朝食の美味しさもさる事ながら、このような手料理の朝食は十何年か振りである。美穂は自分では殆ど調理をしない。一気に母親の居た頃の事を思い出して、ちょっと涙ぐんだ。


「ああっ、ど、どうされたんですか?」

「いや、母親と一緒に居た頃の事を思い出してね。あんまり懐かしくって、ちょっとね……」

「お母様は確か亡くなられたと聞いておりましたけど……」

「本当の事を言えば行方不明かな? 多分亡くなっていると思うんだけど」

「ええっ! 探さなかったんですか?」

「個人的には随分探しました。でも警察には捜索願を出せないんですよ」

「ど、どうしてですか?」

「写真が有りません。それから、ただ母さんとだけ呼んでいましたから名前が分らないし、知り合いも一人も居ない。これでどうやって探すんですか?」

「い、意味がさっぱり分りません」

 リカは困惑の表情をみせて言った。

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