知恵のある野獣(6)
「エムを始末してくれないか。場合によっては俺諸共撃ち殺しても構わん。天空会館の為だったら命も惜しくは無い。ただ、パトカーも警官の制服も困る。そこのところを宜しく頼む」
「わ、分かった。直ぐに行く。それまでは死ぬなよ!」
「はははは、時間稼ぎなら得意中の得意だ。任せておけ。俺は第二道場の明かりを点けてあいつを待つ。手頃な広さだし窓から狙い撃つ事も容易いだろう」
「むざむざとお前を殺させはせん。十分も有れば着くから、何とか時間稼ぎを頼むぞ」
「ああ、了解した。じゃあな」
光太郎は約束通り第二道場に行って明かりを点け、準備運動等をしながら時を待った。
矢田部一心を筆頭とする十人の猛者達は、二人一組で通称お化け屋敷に別々のルートを通って向っていた。なるべく目立たない様にする為である。
黒っぽいトレーニングウェアに身を包み早足で歩いて行った。車などを使わないのは早足で歩く事がウォーミングアップになるからだった。
彼等にとって幸いに思えたのは、その空家が一軒だけポツリと離れた所に有った事である。しかもその向うは雑草の生い茂る荒地であり、さらに向うには大樹海が広大に広がっているのである。凄惨なリンチが行われたとしても誰にも気付かれずに済む。むしろ一心の心配は逃げ出されてしまう事であった。
二十分ほどの早足で全員が空家に着いた。雲の合間から時々十三夜の月が顔を出す。エムに悟られ無い様にする為に、懐中電灯などの明かりは持っては来たものの、途中では使えないので、月明かりは大いに助かった。
雲がかなり多めなので、街灯すらないその付近では星明りも当てにならない。月が雲に隠れた時には、余りに暗過ぎて方角を見失いかねないほどだった。
ただその暗闇は、秘密裏に事を行う者達にとっては幸いと言うべきだろう。彼らの行動は殆ど誰にも目撃されていなかったのだから。
空き家に集合した十人は早速役割を話し合ってきめた。裏口に三人を配し、表から七人が突入する。これもまた幸いな事に鍵に詳しい者が一人いて、難なく玄関の鍵を開ける事が出来た。ドアを空けてそろりそろりと進入する。電気などは止められているので当然ながら中は真っ暗だった。
最小限度の明かりを灯して慎重に歩いて行った。不思議な事に廊下にびっしり雑草が敷いてある。二十センチ位は盛り上がっているのだ。
『変な趣味だな。ふかふかしているから、ひょっとしてここに何か敷いて眠るのか? それとも何か別の意味でもあるのか?』
七人が七人とも似た様な事を考えていた。
それでもそこを通らない訳には行かないので、
『あの男も通っている筈だから、別にどうという事もあるまい』
と結論付けて、ゆっくりと、なるべく音をさせない様に一心を先頭に敷かれた雑草の上を歩いて行った。
「ガシャン、ガシャン、ガシャン!」
罠が仕掛けてあったのだ。矢田部一心、吉川大助、東野梶雄の三人が金属製の強力な罠に掛って足の骨が砕かれ身動き出来なくなった。
「ぐううううっ!」
気絶しかかる程の激痛に三人は悶え苦しんだ。他の四人が懸命に罠を開き何とか足を抜いたが、三人はもはや戦闘不能である。
しかも大きな音がしたのでエムが目を覚ましたのに違いなかった。こうなったら用意して来た大型の懐中電灯を全部点けて一斉に飛び掛るしかない。
おぶって三人を外に出して寝かせ、裏口の三人を呼んで仕掛けてある罠を取り除きながらエムを探した。しかし幾ら探しても一階には居なかった。
「二階だ、二階に居る筈だ!」
自分達の所在を知られてしまった以上、声を潜めても意味が無いので、逆に大声で叫んで少しでもエムにプレッシャーを掛けようとした。
その様にしながら、二階にあえて足音を大きくさせて上がって行った。階段は狭く一人ずつしか昇れない。先頭の香川秀行が階段を昇り切る寸前に、突然エムが現れ彼の胸の辺りを激しく蹴飛ばした。
階段に上がっていた五人は将棋倒しの様に次々に倒れ、階下まで落ちて行った。胸を蹴られた秀行は既に悶絶している。
また一番下に居た梅原裕一は、倒れた衝撃と四人の男の重量がもろに掛って、後頭部を激しく打ち重体に陥った。
気絶している二人を一階の部屋の隅に寝かせて、残った五人は今度は慎重に階段を昇って行った。二階の部屋のドアを開けると、軽く腕組みをしたエムが仁王の様に立っていた。
「ううりゃー!」
五人の内、四人が気合諸共一斉に飛び掛った。しかし最後の一人は一目散に逃げ出した。さすがに手練の四人である。いかに強いエムと言えども、第三道場の時の様に簡単には倒せなかった。
それでも数分間の攻防で一人が倒されると次々に倒され、およそ五分で全員が失神した。エムもまた無傷ではない。あちこちからかなりの出血があった。
しかし自分が重傷ではないと知ると、直ぐに逃げた男の後を追った。彼は二階の窓から飛び降りた。エムが出入りするのはこの二階の窓からだけだったのだ。