影山兄妹(5)
「じゃあ小森さんこちらへ」
道場にドアで繋がっている控え室に通されると、自分用の道着と更に下着まで用意してある。大先生らしき人物やそのお付きの者、何故か白衣を着た医者らしき人物と女の看護師まで居た。
「全部脱いで頂きたい。脱いだ物はこちらの籠に入れて下さい。それから尿を採取します。それと全身の写真を撮ります。最後に触診をして終りです。
申し訳無いが口の中と肛門の中も調べさせて貰う。終ったらここに用意した下着を着て、道着を身に着けて下さい。それから試合場に向って貰います。宜しいですか?」
医者らしき人物は淡々と説明した。
「はい。それで試合が終ったら?」
「またここに来て、全部脱いで、自分の下着と服を着て帰って下さい」
「分りました、じゃあそうします」
女の看護師の視線が気になったが諦めて素早く服を脱いだ。
「おおおーーーっ!」
金雄の全身の傷が居合わせた連中を驚かせた。その後は、もっぱら医者らしき男が金雄に話し掛けた。
「この傷は?」
「野犬の群れの大群に襲われた事があります。何十回噛まれたか分りません。重傷を負いましたが何とか命は助かりました」
「ほほう、良く助かりましたねえ。ああ、それでは尿を採取します。この紙コップにそこの隅で出るだけ出して下さい。申し訳ないが私の目の前でお願いします。ええと、それで最近風邪薬とかは飲みましたか?」
医者は金雄を部屋の隅に連れて行って紙コップを渡し、彼の目の前で小便をさせながらあれこれ話し掛けた。ドーピング検査はそれこそずる等しない様に、目の前で採尿するのが今は常識である。
「ここ数年来飲んだ事は無いです。俺は薬は嫌いなので」
「病院に行った事は?」
「一度もありません」
「野犬に襲われた時は行ったのでしょう?」
「いいえ、テントの中でじっとしていました」
「テントの中?」
「はい。大樹海の中でテント暮らしをしていましたから」
「ほほう、大樹海の中でテント暮らしをねえ……」
主に体の傷に関する話をしている内に全ての作業は終った。用意された下着と道着を着て試合場に向かった。帯の色は何故だか白である。金雄は別に気にも留めなかった。大樹海の中ではずっと白帯だったからでもある。
対戦相手はどうやらリーダーの影山譲治のようである。金雄は相手を壊さない様にする事を第一に考えていた。
「私では役不足かも知れませんが、このクラブではナンバーワンと言われています。スーパーヘビー級を含めてです。ここだけのノンクラスの試合が年に一回あります。
一応、今年の大会で優勝致しましたので、おこがましい様な気がするのですがご容赦下さい。今日はフルコンタクト、一切の防具無し、寸止め無し、首から上への攻撃は無しという事でお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「分りました。それ以外は一般的なルールでという事ですね?」
「はい。一ラウンド五分、インターバル一分の三ラウンド。決着が付かなければ引き分け、という事でどうでしょうか?」
「了解しました」
「審判は山川宗一大先生にお願いします。先生どうぞ」
「うむ。……では、これより小森金雄君、影山譲治君の試合を行う。互いに礼! 始め!」
金雄は少し面食らった。格闘クラブという名前からモダンな試合形式を想像していたのだが何とも古風で、母親との練習を思い出して懐かしかった。
「ウリャーッ!」
譲治はジグザグに金雄に接近して、拳による鋭い突きを繰り出した。しかし既に金雄の拳の突きが腹部に深々と入っている。
「ウウウッ!」
譲治は倒れ伏し、腹部を押えたまま悶え苦しんでいた。
「それまで、小森氏の勝ち!」
「ウオオオオーーーーッ!」
大きな歓声と共に凍り付く様な戦慄が走った。正に怪物級の強さだった。少し待つと何とか譲治は自力で立ち上がった。二人を向き合わせると改めて大先生は勝者を宣言した。
「勝ち小森金雄、互いに礼!」
二人は握手して互いの健闘を称え合った。本当はもっと時間が掛る筈だった。そして次から次へと彼に挑戦する者が出て来る筈だった。その為に午後六時という比較的早い時間帯に試合を始めたのだ。
検査があったので本当に始まったのは三十分ほど後だったが、五秒足らずで決着が付いてしまったので予定が大きく狂った。しかも金雄が余りに強く、
「折角の機会だから、誰か次に彼に挑戦する者はおらんか?」
大先生の言葉ではあったが、
『下手をすると死ぬかも知れないぞ!』
そう思うと中々(なかなか)名乗る者はいない。
「わ、私がやります!」
気丈なその声はリカだった。
「申し訳ないが俺は女子とはやらん」
金雄はあっさり拒否した。
「差、差別をするな!」
リカは激しい口調で金雄に言葉をぶつけた。