影山兄妹(3)
「あの、ここにいるのは小森先生派なんですが、まだ半信半疑なんです。それでナンシー先生派の人と話し合って、先生と試合をしたいという事になりました。
あの人達は先生が、こういう言い方はあれなんですが、『ずる』をして勝ったと言って聞かないんです。だから実際に試合をして確認したいんだそうです」
「ずるをですか? あれだけの人が見ている中でずるが出来ますかね。ビデオにも随分撮っていると思うんですが、レフリーも審判員もいるんですよ。
疑り深いんですね。でももし俺が勝ったらやっぱりまた疑うんでしょうか? 何の証拠も無くて、それで疑われたのではどうしようもないですよ」
「ああ、その点は大丈夫です。試合前に良く調べますし、うちの道着を使って頂きますから」
「成る程。念の為にビデオで撮ってスロービデオで再生してみて研究されると良い。口からナイフが飛び出しているかも知れませんからね」
「あはははは!」
一斉に笑った。この時小森派は、彼が『悪』ではなく『善』である事を悟った。
それから数時間後、高速フェリーは無事に中央島の岸壁に着いた。金雄は小森派の面々と一緒に船を下りた。和気藹々と楽しげに談笑しながら。
反面ナンシー派は険しい表情でやはり一塊になって船を下りた。ただリーダーの姿はどちらにも無かった。影山兄妹は中立の立場という事で、二人だけ別に下りたのである。
改札口を通り抜けた金雄は出迎えに来ている筈の人物を探した。目の前に現れたのは青白い顔をした影山リカだった。スポーツウェアに身を包んだその姿は可憐ではあったが、顔付きは異様なほど厳しい。
「小森金雄さん、お迎えに上がりました。影山リカです、宜しく」
「えっ! リ、リカちゃんだったんですか? 別の人が来るのかと思ったんだけど……」
「あのう、ちゃん付けは止めて下さい。これでも二十二才なんですから」
リカはムッとして言った。
「ああ、済みません。えーと、リカさん、予定はどうなっているんでしょうか?」
「今夜はうちのクラブに泊まって頂きます。ちゃんと宿泊施設が御座いますから。明日の午前十時に飛行機に乗って貰います。
北米、アメリカ合衆国のセントラルシティに行きます。セントラルシティと言うと聞こえが良いですけど、砂漠のど真ん中にある小さな街です。
そこで下りて頂きます。私の役目は貴方を飛行機に乗せる所まで。セントラルシティに着けば迎えの人が来ているそうです。それではクラブ行きのバスに乗って下さい」
氷の様に冷たい事務作業だった。バスは大型の貸切バスである。三つのグループに自然に分れた。前の方に影山兄妹。中央にナンシー派の十余人。
後の方に金雄と小森派の七、八人。クラブに着くまでの三十分ほど小森派だけが賑やかだった。クラブに着くと大勢が出迎えた。
バスの中では険しい表情だったナンシー派の連中も、家族や知り合いの出迎えに自然に顔がほころぶ。孤独だったのは金雄だけだった。
その金雄を敵意に満ちた表情でリカがその日の宿に案内した。個室ではあるがホテルに比べれば遥かに粗末なものである。
「食堂で早目に夕食を取って下さい。午後六時からここの道場で貴方と試合をします。貴方の化けの皮が剥がされる瞬間が楽しみですわ。
それじゃ、ああその、明日の午前八時半には空港行きのバスが出ます。遅くとも午前七時には起きた方が宜しいと思います。いちいち起こしませんからね。それでは」
相変らずの冷たい言い方だった。
金雄が案内されたのは結構大きなビルの三階だった。ビルはまだ新しい。
「一つだけ聞いても良いか?」
「何でしょう?」
「今の事は他の中央島格闘クラブの人達に話したんですか? つまりリカさんが俺を出迎える人だ、という事だけど」
「いいえ。特に話す必要があると思わなかったから誰にも言っていません。私一人で貴方の面倒をみる様にと、ナンシー先生に言われていましたので」
「成る程、良く分りました。クラブの人達と話がちぐはぐだったのでね。それじゃ貴方の言う通りにしますから」
「そうして下さい。ああそれじゃこれが部屋の鍵ですから。無くさない様にして下さい」
ニコリともせず彼女は去って行った。