影山兄妹(1)
「ふう、かなり汗を掻いた。シャワーを浴びないとね」
シャワーを浴びながら、金雄は格闘クラブの中の一人の少女が気になっていた。
「ずっと俯きっぱなしというのも変だよな。何なんだろう?」
金雄は陽子で懲りをみていたのでなるべく気にしない様にしていたのだが、そうすればする程気に掛って来るのだった。
約束の時間に、中央島格闘クラブのほぼ全員が集まり、ファミレス風のかなり大きなレストラン『さざなみ』にぞろぞろ入って行った。二十人近くになる。
人数が多いので一つのテーブルでは間に合わずに三組に分かれた。リーダーらしい青年の発案で一通り自己紹介することになった。
「小森金雄です。二十三才。格闘技歴は多分十七、八年だと思います。流派は自己流という事になっています。格闘技の心得のある母親に教えられたのですが、流派の名前は教わりませんでした。
母親が亡くなったので結局何派なのか分りません。ざっとこんな所ですが、これで良いですか? もっと詳しく言いましょうか?」
「ああ、それで十分です。有難う御座います。私は一応中央島格闘クラブのリーダーをさせて貰っている、影山譲治と申します。二十五才。格闘技歴二十年。
最高の成績が世界大会で中量級でベストフォーに三年前に入りました。その後怪我でちょっと不本意な成績に終っています」
思っていた通り声を掛けて来た青年は格闘クラブのリーダーだった。
次に自己紹介したのはあの俯いてばかりいる少女だった。
「あの、女子の部のリーダーをさせて貰っている、影山リカです。譲治の妹です。二十二才。格闘技歴は十五年。最高の成績は世界大会中量級で準優勝でした。今年も何とか予選は突破しました」
「じゃあ、南国大会で優勝という事ですか? お兄さんはベストエイト止りと言ったと思いましたが?」
金雄は素直に質問した。
「ええ、まあ、兄は謙遜して言ったのだと思います。クラブの大半の成績がベストエイトという事で、兄と私は優勝しました」
「ははは、成る程、謙遜だったんですか。でも凄いですね、兄妹揃って優勝というのは」
「全然凄くありません。世界大会で優勝するのでなければ」
「ああ、失礼しました」
金雄は何か思い詰めたようなリカの態度に少し疑念を抱いたが、考え過ぎだろうと思ってそれ以上は詮索しなかった。
それよりも十七、八と思っていた少女が二十二才と聞いて驚いた。
「あああ、済みません、二十二になってもまだ口の聞き方もろくに知らん奴でして。リカ、小森先生に謝りなさい!」
やや厳しい口調で譲治は妹のリカに言った。しかしリカは謝らなかった。
「ああ、別にどうという事は有りませんから。自己紹介を続けて下さい」
幾分気まずい雰囲気になったがクラブにはひょうきんな者が多く、和気藹々(わきあいあい)の雰囲気に流れは修正された。
その後は夕食と言うよりは酒宴に近く、かなり賑やかだった。しかし暫くして、少し酔っているのか顔を赤くしたリカが、つかつかと金雄に歩み寄るといきなり指差しをして、
「お前はエムだろう!」
と怒鳴った。座は一気に緊張した。
先ず兄がたしなめた。
「リカ! いきなり何を言うんだ。止めなさい!」
兄の語気は相当に荒かった。それでもリカは止めなかった。
「あんたの事をリガールという選手が、エムと言っていた。それに昨日電話があったんだ。ナンシー先生から小森金雄という男は、極悪非道のエムと言う男だって。
ナンシー先生が嘘を言う筈は有りません。こうも言ってた、普段は猫を被っていて大人しいけれど、時々本性を現して誰彼と無く襲い掛かるって」
「ふふふ、参ったな。ナンシーと言うと、ナンシー山口さんの事ですか?」
「そ、そうよ」
「噂話を真に受けている困った人なんですがねえ。しかし幾ら否定しても彼女は受け付けてくれない。……確かに俺はエムと名乗った事がある」
「えええーーーっ!」
クラブの大半の者が恐怖心の混じった驚きの声を上げた。
「ちょっと聞きますがリカさんの知っているエムと言う男は何をしたんですか? 俺の聞いたところによると何十人も殺したんだそうですね。そして何百人も怪我をさせて、何十人もの女性に暴行した。そんな所ですか?」
「百人以上の女性に暴行したんでしょう?」
「はははは、俺は女性の涙に弱い男です。暴行なんてとてもとても。確かに男性二人は死にました。しかし試合中の事故ですよ。何よりの証拠は俺は警察に指名手配されていない。これはどう説明するんですか?」
金雄は鋭く反論を始めた。