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別れ(6)

 しかしそのつむった目から、次から次へと涙が溢れてくるのを見て、

「これは感謝の印だ」

 少し言い訳をして陽子の求めに応じ唇を重ね合わせた。陽子はこのチャンスを逃すまいと爪立つまだちをし、金雄の首にぶら下がるようにして激しいキスを続けた。


 行かせたくないと思う陽子の本音が出た。暫くして金雄はスッと口を離した。とうとうその時が来たと陽子は観念した。これ以上しつこくしては逆に嫌われてしまう。首に回していた腕を放し爪立ちも止めて、じーっと金雄を見続けた。


「それじゃ、またきっと会えるから。デッキに立ったりしないから。これ以上陽子さんを見たら、別れがもっと辛くなる」

 金雄は左手に鞄を持って、右手で軽く手を振ってから背を向けスタスタと歩いて行った。改札口を通り抜け振り向きもせずどんどん歩いて行く。


「会いに行く! 卒業したら会いに行きますからね! そ、その時は私の彼になって貰うんだから。金雄さん! 金雄さん! 金雄さーーーん!!」

 陽子は改札口の手前ギリギリまで走って行って、泣き叫んだ。金雄は陽子の言った言葉をしっかりと聞いた、とばかりに後ろ向きのまま手を何度も振った。結局一度も振り返らずに船に乗り込んで行ってしまった。


「ふーーーっ!」

 金雄は船が岸壁から相当離れてからデッキに立ち、深く溜息を吐いた。

「参った。たった三日なのにな。ここまで別れが辛いとは思わなかった。もう一日いたら別れられなくなっただろうな。

 何時の間にか好きになっていた。こんなんじゃ美穂に申し訳が立たないよ。これからは好きにならない様に気を付けないと……」


 船は二十七時間後の、翌日午後三時に中央島に着く。中央島は元々はアメリカ領だったのだが数十年前に島民の選挙で独立国家になった。

 日本名だと『中央島共和国』である。アメリカ本土より余程日本に近いので日本からの観光客や移民も多く、言語は英語と日本語の二つを主要言語としていた。

 南国島よりは幾らか寒いが雪が降るというほどのことの無い国である。しかし主要産業は専ら日本からの観光であり、人口も数十万人と少なかった。


「それにしても中央島に行って一体何をするんだ? あの連中の考える事はさっぱり分らない」


 そもそも中央島に関する知識は金雄には殆ど無い。知っている事と言えば南国島よりは大分大きいという事位である。


 今回乗った高速フェリーも金雄が生まれて初めて乗った高速フェリーと同様、様々な設備が整っている。映画などの娯楽施設もあるのだが、今は一人では見る気にもならない。


 やはりトレーニングルームで汗を掻いた方が良さそうである。トレーニングルームは中々立派だった。

「前の船より、新しくて立派かも知れないな……」

 金雄はそんな事を呟きながら、器具は使わずに空いている場所で、スクワットやストレッチなどの基礎的な練習を始めた。暫く練習をしていると何人かの若い男女が集まって来ていた。


 練習が一段落付いて一休みしていると、その内の一人のリーダーらしい男性が声を掛けて来た。かなり体格の良い青年である。

「あのう、小森金雄さんですよね?」

「はい、そうですが」

「やっぱりそうだ。あ、あのう、南国島での優勝おめでとう御座います。す、凄かったです。殆ど圧倒していましたよね。感動しました!」

 側にいた他の連中も口々に、金雄の活躍を褒め称えた。金雄は余り褒められた経験が無かったので相当に照れ臭かった。


「いや、そ、それほどでも……」

「も、もし宜しければ私達に、少し技とか、練習の仕方とか教えて下さいませんか」

 先ほど声を掛けて来た若い男が再び言った。


「あ、あの、申し遅れましたが、私達は、中央島格闘クラブに籍を置いている者です。まあ、お蔭様で何人かはベストエイトに残れましたがそこまででした。

 それでお忙しい所本当に厚かましいのですが、何かこう秘訣のようなものが御座いましたら、お教え願えませんでしょうか」

 丁寧なものの言い方に金雄は感動し、こころよく引き受けた。金太郎に少し教えたのが役に立った。


 先ず基本を語る。

「スピードとタイミング。パワーと柔軟性。この四つを磨けば優勝も夢ではないと思います。当然と言えば当然なのですが、しかし、実は『これ』が難しいんですよ」

 金雄が冗談っぽく言うと、

「はははは!」

 格闘クラブの面々は一斉に笑った。


「それと必要なのは個性です。簡単に言えば体重が三百キロで素早く動く事は不可能です」

「あははは!」

 またも爆笑だった。こうして金雄の楽しいコーチは夕方まで続いた。


「本当に有難う御座いました。何だか一回り強くなったような気がします。あ、あのう夕食御一緒にどうでしょうか。コーチ料という事で奢らせて貰いたいのですが」

「うーん、それじゃあお言葉に甘えさせて貰おうかな」

 午後七時にレストランで落ち合う事にした。

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