別れ(4)
「はい、はい。そんな大きな声を出すと辺りに迷惑ですよ」
冗談めかして言いながら金雄は大急ぎで服を着ると、先ずドアを開けた。また服装が違っている。ピンクのミニと似た様な色のシルクの長袖のブラウスを着ていた。
髪形はポニーティルでは無く、パーマを掛けている。今日はちょっと洒落た感じの眼鏡を掛けていた。昨日とはまたまた別人の様である。
「あっ、どちら様で?」
「貴方の美人秘書です。忘れたんですか?」
「いや良くこれだけ毎日変れるものだと思ってね」
「七変化のお陽と呼んで下さい」
「パーマを掛けているみたいだけど、美容室は朝早くからやっているのかな?」
「ふふふふ、一人で出来るパーマセットという優れものがあるのよ」
「へえーっ、さて今日は帰る事になるから、と言っても、お昼丁度のフェリーで中央島に行く事になったので、切符の手配を頼みます、美人秘書の春川さん」
「中央島に? 日本に帰るんじゃないんですか?」
「昨日は話が途中で終っちゃったからあれなんだけど、上の方からの指示があってね、急遽決まったんだよ」
「上からの指示? 金雄さんは何処かの会社の社員?」
「まあ似たようなものかな……」
金雄はこっそり耳打ちでもしようかと思った。本当は脅迫されて仕方無く行くのだ、と言いたかった。しかし何処に目があるか分らない。自分の怪しい行動は、即、美穂の死に繋がる。
『浜岡なら躊躇わずに殺る!』
そう思うと喉元まで言葉が出掛かったが堪えるしかなかった。
「じゃあ私は切符を買って来ますから、その間に帰り支度をしてシードラゴンの前で待っていて下さい」
「うん、分った」
金雄は髭を剃って、洗顔をし、忘れ物が無いかを確認して、鞄を持ってシードラゴンの前で陽子を待った。直ぐにやって来たが朝食の時間は過ぎてしまっていた。
「あちゃーっ、間に合わなかったかーっ!」
陽子は悔しそうに叫んだ。
「ハアーッ、俺が寝坊したせいかな?」
「昨日あれだけハードな事をしたんだから寝坊は仕方が無いわ。そうねえ港に結構なレストランがあるわ。あそこは早朝からやっているからそこでパーッとお別れパーティをしましょう」
「お別れパーティと言うのは、ちょっと大袈裟な気もするけどね」
「私にとっては、重大な事なんです!」
陽子は少し怒って言った。
「あ、そ、そうだね。じゃあ行こうか」
それから陽子は殆ど無言だった。金雄と別れる時間が刻一刻と近付いて来ていると思うと、辛くて言葉が出せなかった。
五分ほど歩いて港にある洒落たレストランに着いた。看板を見たが金雄には読めなかった。
「えーと、ここは、……」
「数え歌、KAZOEUTA、あれ、金雄さん読めないの?」
「ローマ字がちょっと苦手でね。英語とごっちゃになって訳が分らなくなるんだよ」
陽子は金雄にまだまだ自分の知らない謎がある事を痛感した。
「学校には行かなかったって聞いたけど本当だったみたいね」
「嘘だと思った?」
「そうじゃないけど、何か信じられなくて」
「そうだよな。この世界に来て始めて俺が相当変っているんだって気が付いた位だから」
「ふふふ、『この世界に来て』っていう言い方も普通の人はしないわよ」
「あれ? そうなんだ。何かこう少しずれた所があるって、美穂からも指摘されてたんだ」
「美穂? 一緒に暮らしている彼女の名前?」
金雄はしまったと思った。陽子の思いを考えれば自分の彼女の名前を出すべきではないと思って、気を付けていたのだがつい出てしまった。こうなると開き直るしかない。
「うん、小笠原美穂。大道ロボット屋なんだけどね。ああ、店の玄関先で何時までも立話をしていては拙いよ。入ろう」
「うん」
店の中には海に関する写真が一杯飾ってあった。船、港、魚、水平線と雲の写真等々。インテリアとして幾種類かの船の模型もある。天井の方に魚網やガラス製の浮きも見える。いかにも港にあるレストランという雰囲気を醸し出していた。
ただ音楽は童謡をアレンジした歌の無い演奏曲だった。それだけが店名の数え歌をイメージしている。店内は余り広くなく、朝食の時間を過ぎたせいか客はまばらだった。店に入って左の一番奥に向き合って座った。
「何だか、パーッとしにくい店だな。寂しそうな曲が掛っているし」
「お別れパーティだから寂しそうな曲で良いのよ。はあーっ、もう行っちゃうのよね……」
「しょうがないよ。でも永久に会えないっていうものでも無いだろう?」
「そりゃ、そうだけど。大学を卒業したら私と付き合ってくれる訳でもなさそうだし」
「ええっ! そ、それはそのう。……さ、さて何にする?」
金雄は慌てて話題を変えた。