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知恵のある野獣(5)

 夜も十一時を回り白亜の殿堂もそろそろ眠りにつく頃、重大な決心をして矢田部一心は館主の間をたずねた。館主の光太郎は古くからの顔馴染かおなじみの警察署長、大林良太おおばやしりょうたに今日の出来事を電話で逐一ちくいち報告していた。

 勿論、表沙汰おもてざたにはしない約束のもとにである。今までもずっとこうして幾つかの傷害事件や死亡事件をにぎつぶして来たのだ。


「室長の大隈が殺された。他に三十人以上の者が重傷を負った」

「何と、信じられん。……そいつはひょっとして、れいのお化け屋敷に住んでいる奴じゃないのか?」

 お化け屋敷と言うのは、父母と子供三人の無理心中事件があって、買い手の付かないままに放置されている空家の事である。


「多分な。近い内にそいつを何とかしてくれんか。罪状は何でも構わん」

「分かった、明日にでも何とかしよう」

「ああ、人が来たようだ。それじゃあ宜しく頼む」

「了解した」

 電話が終るのとほぼ同時位にドアの向うから声が掛った。


「先生、一心です。重要なお話があります。入っても宜しいでしょうか」

「ああ、入りなさい」

「はい、失礼します」

 礼儀れいぎ正しく一心は入って来たが、顔の表情は何時に無く厳しかった。


「先生! あんな事を言われてくやしくないんですか!」

「エムの事か」

「そうです。今日の出来事はいずれうわさのぼります。二十人もの有段者が何処かへ雲隠くもがくれしてしまったんです。そのうちにぺらぺらと喋り出すのに決まっています。そうなる前にあの男を何とかしなければ……」

「ふーむ、一心。言いにくいことだが、まともではたとえお前でも勝てないぞ。室長の大隈がやられた時の事をお前も聞いただろう。奴の垂直ジャンプ力は軽く二メートルを超えていたという。

 人間と言うよりは化け物だ。しかし明日になれば何とかなる。知り合いの大林君が動いてくれるそうだ。何も心配する事は無い」

「い、嫌です。また大林さんですか。確かに私一人の力では及ばないかも知れません。しかし銀河の間には天空会館の猛者もさ全員が残って先生の指示を待っているのです。

 いいえ、その、私達十人を破門はもんして下さい。私達は勝手に彼を退治たいじしに行くのです。お願いします破門して下さい!」

 一心は必死の思いで言った。


 銀河の間に出入りを許されている最上級者達は、警察署長の大林をこころよく思っていなかった。天空会館で何か有った時、何故なぜ自分達ではなく彼なのか。天空会館をこよなく愛する自分達こそが、ここで起こる様々な問題の処理をすべきではないのか。

 鬱積うっせきして来たその感情が今爆発しようとしていた。一心のその心情を汲み取った光太郎は一つの賭けに出ようと思った。


『天空会館の最上級者十人だぞ! 何を心配しているのだ光太郎!』

 光太郎は自分自身を叱咤しったし、けを実行する事にした。


「お前の気持ちは良く分かった。あのエムとかいう男は街外れの空家に住んでいる。通称お化け屋敷と言えばお前も知っているじゃろう」

「はい、知っています。野獣の様な男が住んでいるという噂は私も聞いた事があります」

「そうか。……それならばたった今、お前を含めて銀河の間に出入りを許されし者十名を破門する!」

「はい! 有難きお言葉。それでは失礼致します」


 一心は小走りに銀河の間に向かった。後に残った光太郎は吉報きっぽうを待つ事にした。間もなく銀河の間の明かりは消え、足音も遠ざかってやがてそれも聞こえなくなった。

 今、広い天空会館本部に残っているのは、何人かの警備員と彼だけである。暗闇くらやみ静寂せいじゃくとが辺りをすっぽりと包んでいる。


 しかし二十分もすると光太郎は落ち着かなくなった。不安が次第に頭をもたげて来る。

『本当に大丈夫だろうか。もし駄目だったら天空会館は潰れてしまう。あんな男一人にやられてしまった、等と言われる様になったらおしまいだ。誰も来なくなってしまう……』


 しばらくはそれでも耐えていたが、ついに我慢出来なくなって最新流行のリストバンド型携帯テレビ電話を使って、大林に電話を掛けた。緊急時には何時もそうしていた。


「どうした光太郎! エムの件か?」

「じ、実はうちのトップテンの連中がエムの討伐とうばつに行った」

「何だと、俺に任せたんじゃないのか」

何時いつも何時もお前に任せるのが気が引けたんだろう。どうしてもと言うので破門して行かせた。悪く思わないでくれ」

「ううむ、それで?」

「しかし、……多分失敗するだろう。そんな予感がしてならないんだ。もしそうだとすればもうじき仕返ししにここに来る」

 光太郎は必死の決意を見せて次の言葉を発した。

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