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別れ(2)

「優勝賞金の百万ピースが分らなかったって、金雄さん本当に資料を読んだの?」

「ざっと目を通しただけでね。あんまり興味が無かったから」

「えっ! それって何か変だわ。失礼かも知れないけど、まるで嫌々大会に出たみたいな言い方ね」

「ある人にね、是非にと言われて渋々出たのさ。優勝間違い無いからっておだてられてね。まあ、嘘じゃなかった訳だけど……」

「ふーん、そうなの。でもそれで優勝しちゃうなんて、何だか他の人が可哀想だわね。ちょいちょいって感じで優勝されちゃって」

「うーん、そういう事になるのかな。後で俺の生立ちとか話すけど参考になるかどうか」

「ここじゃ話せないの?」

「他の人の耳のある所じゃちょっとね」

「ええっ! それって秘密の話と言う事?」

「まあね」

 陽子は少しばかり優越感を感じた。ごく少数の人しか知らない彼の秘密を自分は知る事が出来る。自分が金雄の中で相当高い位置を占めているのだと思うと、何とも嬉しかった。


 約束通り金雄は陽子の部屋に入ってコーヒーを飲みながら話をする事にした。勿論それは浜岡の指令を守る為である。彼女には自分がエムである事を打ち明けなければならない。


 今夜以外にそのチャンスはなさそうである。陽子に多少誤解を受けている様な気もするがそれは仕方の無い事と割り切った。何もせずにただ向き合って話をしたのでは気拙いと思って、コーヒーを飲ませて貰う事にしたのである。


「ふふふ、本格的なコーヒーにするわね。こういう事もあろうかと支度しておいたのよ。でもコーヒーだけじゃなくってお酒も飲まない? 美味しいワインがあるのよ」

「いやさっき飲んだビールで十分。へーっ、サイフォンで入れるんだ。本物を見るのはこれが初めてだよ」

「ええっ! サイフォンを見た事が無いの?」

「入れてくれる人が無かったのでね。へえ、面白い形をしてるんだな」

 金雄は本当に珍しそうに眺めている。陽子はまた少し金雄の正体に疑問を持った。確かにサイフォンを見た事の無い大人がいても不思議は無い。


 インスタントコーヒーがここまで普及しているのでサイフォンで沸かして入れる人はごく少ないからだ。しかし子供の様にじっと見つめているその姿に、何か普通ではないものを感じていたのだった。


「南国島ではコーヒーを飲む人が多くてね、ホテルでも頼めば道具を貸してくれるのよ。コーヒーの入れ方は他にも色々ある事を知ってるわよね」

 陽子は探りを入れてみた。


「ああ、本で見た事がある。ドリップ式と言って、ろ紙を使う方法とかだよね? 今、本と言ったけど、スーパーエレクトロブックで見たんだ。実物はやっぱり知らないんだけどね、はははは」

「ふーん、一応知ってはいるのね。……さあどうぞ。香りが良いでしょう? お代りもありますからね」

 疑念は払拭されなかったが、余り根掘り葉掘り聞くのも何か拙いと感じて、それ以上は追求しなかった。話題をすり変えようとして、コーヒーの香りの良さと、お代わりを強調したのである。


 夫婦茶碗の様に大きさの違うお揃いのマグカップに、結構たっぷりコーヒーを入れて、大きい方を金雄に、小さい方を自分の方に置いた。小さなテーブルに向き合って座り、恋人とも夫婦とも見える状況で二人は話を始めた。


「うーん、良い香りだね。ブラックで飲むコーヒーが一番美味しいよ。陽子さんは?」

「えへへ、私は砂糖もミルクもたっぷりでないとちょっとね。ああーっ、静かで良い気分だわ。ところでお話って何?」

「ああ、その前に、身分証を返して貰えないかな?」

「はい、ああ、ちょっとその」

 陽子は顔を赤らめた。自分の首に下げてシャツの下に入れていたのである。紐が長いので彼女の御へその辺りに身分証は下がっていた。それを引き上げると両の乳房に諸に触れる。


「す、済みません。無くしては大変だと思って、ずっと首から下げていました。シャワーを浴びる時以外は肌身離さず持っていました。寝る時も一緒です」

 聞かれもしない事を彼女はべらべら喋りながら、予想通り両の乳房に触れさせながら身分証を引き上げて首から外して金雄に渡した。


 金雄は苦笑したが、ちょっと可愛いと思った。仕草が無邪気むじゃきなのだ。好きな男の品物を肌身離さず持っていたいと思う気持ちは良く分る。


「大切に持っていてくれて有難う。それじゃあ話を始めようか。最初に断っておくけどちょっとショッキングな部分もある。もし聞きたくなければそう言ってくれ。いいかな?」

「ええっ? 怖い部分があるという事?」

 陽子は段々不安になって来た。しかし聞かずにはいられない。

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