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別れ(1)

「ワン、ツウ、スリー、フォー、……」

 そのまま去年の覇者はしゃ、赤藤登志男はテンカウントまで眠り続け、その直後に起き上がったがもう勝負はついている。ついに金雄は優勝した。

 ほんの数秒で決着が付いた為に、テレビの放映時間に十分間に合って、表彰式も放映された。その様子を小笠原美穂もテレビに食い入るようにして見続けていたのである。


 優勝すると恒例こうれいの優勝者インタビューがある。しかしその表情に余り嬉しそうでない感じがあって美穂の心が痛んだ。

『やっぱり何かある。でも単なる脅しに屈するような人じゃない。何か弱点を握られている。何だろう弱点って。……ひょっとして、私?

 もしかするとそうかも知れない。それで変な電話だったんだ。彼には他に親しい人がいないんだからそう考えれば辻褄つじつまが合う。

 ……でもそうなるとナンシー山口さんが悪党の仲間? まさか! 何か訳があるのかも知れない。何がなんだかさっぱり分らない。どうすれば良いのかしら?』


 美穂は最近用心深くなっていた。自分が監視されているかも知れないと考えて、何時もなら声に出して独り言を言う様な場合にも、心の中だけで喋るようにした。さり気無く周囲を見回してみる事もある。しかし簡単に尻尾を出すほどやわな相手ではない。


 表彰が終った所で丁度時間切れになって、テレビの放映も終った。美穂にとってはその方が幸せだったかも知れない。その直後に陽子が感激の余り彼に抱き付いたからである。


 周囲の目もあって、金雄は彼女を突き放せなかった。彼も軽く抱擁を返し仲睦なかむつまじく控え室へ向った。周囲は恋人同士と誤解している。


 その二人の後をとぼとぼと金太郎がついて行った。控え室で三人だけになると金雄の演技は終りである。ピッタリくっ付いて歩いていた陽子からスッと離れた。着替えを済ませてから三人は少し立話をした。


「早川さん残念だったね。でも今回が最高の成績なんだろう?」

「そりゃそうなんですが、あんな無様ぶざまな決勝戦じゃあ、弟子は増えそうも有りません。ああーっ、情けない。 ……それよりも先生はやっぱり凄い。

 決勝戦は一瞬でしたよね。あっしも見てたんですが、先生のパンチが速過ぎて見えなかった。顎に食らったんだけど、多分、脳震盪のうしんとうを起こしたんでしょうね。暫くフラフラしていましたから」

 金太郎は格闘家らしくやや詳しく解説してみせた。


「ああ、あれはね、放送局の人が試合を早く終らせてくれって、俺と赤藤さんとの両方に耳打ちしたんだ。俺もそうだったけど赤藤さんも苦笑いしてたから間違い無いと思う。それで暗黙の了解でお互いに一発勝負に出たんだよ。そうでなかったらもう少し時間が掛っている」

「ふーん、格闘技って意外と奥が深いのね。もっと単純な力比べだと思ってた」

 金雄の言葉に耳を傾けていた陽子は感心したように言った。


「素人はこれだからね、気楽で良いですよ。ああ、失礼しました。どうもまた言い過ぎちゃって。そ、それじゃあ、あっしはこれで。明日の支度もありますので」

 金太郎は何と無く気を利かせて足早に控え室を出て行った。


 二人きりになると再び陽子は金雄に抱き付いた。金雄は今度は抱き返さない。

「嬉しいけど、その気は無いよ。彼女が居ると言った筈だよね。……悪いけど、離れてくれないか」

 陽子の心情に配慮して、かなり丁寧に断った。

「……、うん、分った」

 唇を噛み締めながら辛そうに離れた。


「これからホテルに帰ったら君の部屋で話したい事がある。一時間かそこらだけど良いかな」

「えっ、何の話? 私に愛の告白? それともベットの中で何かするの?」

 陽子は悔し紛れにおちゃらけて過激な事を言った。


「俺の事に付いてちょっとだけ話しておきたい事がある。嫌なら無理にとは言わないけど」

「き、聞きます、聞きます。さっきのは冗談ですから」

「ああ、だけどお腹が空いたな。夕方に食べた弁当一つじゃやっぱり足りない。今夜が最後だからスカイシーンで食べて行こうか」

「賛成! 本当の事を言うと私もお腹がペコペコなのよ。チビの大食いね」


 二人がスカイシーンに着いたのは午後十時半過ぎだった。もう試合が無いのでビールで乾杯した。

「今日は俺の奢りだ」

「えーっ、ただ食い出来るんだから無理に払わなくても」

「いや、まさか優勝賞金が百万ピースだとは思っていなかったからね。少しは良い所を見さしてくれよ」

 金雄は本当は浜岡絡みの金を使うのが嫌だったのだ。しかしそうとは言えないのでそんな風に言ったのである。

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