変身(8)
『大した実力も無いのにここにいるのはちょっと変だぞ。何かあるな!』
試合が始まると、金雄は用心深くリガールに接近して行った。
「シュッ!」
声を出しながらリガールは拳で金雄の顔面を打って来た。しかし本当は親指で金雄の目を狙っていた。親指だけ立てて、偶然を装って目を突く作戦である。勿論反則技である。
優れた動体視力の持ち主である金雄は、拳でその親指を打ち返した。
「ゴギッ!」
妙な音がした。親指の骨が折れた音だった。リガールは必死で苦痛に耐えたがレフリーは彼に対してレッドカードを出して反則負けを宣言した。その前の試合で彼はイエローカードを貰っている。後になって分かった事だが彼は札付きの反則男だった。
去年はベストフォーまで進出したが、彼と対戦した何人もの選手から、巧妙な反則技を使うとクレームが出されていたのである。スロービデオで再生し、確かに反則があったと確認済みだった。
その為今年、彼の動きはレフリーや審判員によって厳しくチェックされていたのだ。レッドカードを貰うと反則負けが決定するばかりではなく、来年のこの地区の大会への参加は出来なくなる。
余程悔しかったのだろう。ステージを降りる前に彼は、
「エム! オマエハ、エムダ!」
そう叫んでから病院へ向かった。会場のあちこちから小さなざわめきが起こった。しかしそれは直ぐに消え、直ちに準決勝の試合が始まった。
テレビ放送の都合に合わせる為にどんどん試合は消化されていった。本来なら夕食休憩もあるのだが時間が切迫していた為に、それも流れてしまった。
しかし食事はこれから格闘する者にとっては極めて重要である。金雄は陽子に頼んで売店の和風弁当を買って来て貰って、会場の隅の目立たない所で一緒に食べた。
食べ終わって一休みするともう彼の出番である。何ともせわしない。
「これよりスーパーヘビー級準決勝を行います。ハルム・クレーター選手、小森金雄選手。ステージに上がって下さい」
ハルムは去年の準優勝者。新進気鋭で金雄よりも若い。体重も金雄と対して変らない。最重量級は体重申告の義務が無い。
目安は九十キロ超級なのだが事実上無差別級と同じである。ハルムのスピードは速く、光速のスパルクに次ぐとも言われている。
二人の対戦が始まると会場からはどよめきが起った。動きが速く目で追うのが精一杯なのだ。困ったのはテレビカメラである。
なかなか画面の枠に入ってくれない。一分余りそうしていただろうか。良いボディーパンチが決まって、ハルムが崩れ落ちた。
「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、……」
テンカウントまでに起き上がれずに金雄の勝ちが決定した。午後六時五十五分だった。
休む間も無く午後七時から決勝戦のオープンセレモニーが始まった。いよいよ生放送の開始である。何と何と金太郎もしぶとく勝残っていた。ただ彼の場合、今日の試合は全て判定勝だったので疲れ切っていた。
プラカード嬢達の服装は更に露出度を増して、全員が際どいビキニスタイルだった。しかし金太郎の行進する姿は全く精彩が無い。彼の前を行くグラマラスな女性の後をとぼとぼと付いて行く様は、誰が見てもこれが限界だった。
改めて決勝戦の開会宣言がなされた。決勝戦だけ一つのステージで全試合が行われる。女子、男子、女子、男子と試合が進行し、金太郎の番となった。
試合の進行は遅れ気味。テレビ局の関係者は早く終る事を祈った。開始僅か三十秒。相手の怒涛のパンチ攻勢にあっけなく失神し、彼の初優勝の夢は破れた。
早く終ったのでどうやら時間内に終れそうである。ところが女子のスーパーヘビー級の試合で珍しく延長戦になった。決着が付いたのは午後九時四十五分。直ぐ今日の最終戦が行われた。珍しく日本人同士だった。
「本日のメーンイベント、スーパーヘビー級男子の決勝戦です。小森金雄選手、赤藤登志雄選手。ステージに上がって下さい」
アナウンスの前に両方の選手の耳元でテレビ局の関係者が、
「何とか早く終らせるように頑張って下さい」
等と囁いていた。二人とも苦笑いである。勝敗は時の運。八百長でもしない限り、そうそう都合良く早く終れるものではない。それでも一応はやって見る事にした。
『早く終らないと、テレビ局の方が拙いのか。それじゃあ一発で決めるか!』
実は互いにそう思って、最初の一発に賭けていた。相手は去年の優勝者。試合が始まって真っ先に、自信を持ってのパンチを繰り出したのであった。
しかし同じ様に繰り出された金雄のパンチは桁外れに速く強かった。相手のパンチよりかなり早く顎に的中しダウンさせたのである。




