変身(7)
最後の決勝戦までは二つのステージを使って男女別々に進行する。ステージとは言っても昨日とは違ってロープの張ってある、いわゆるリングである。
ただ通常のリングより一回り大きい、世界大会と同じリングである。何故一回り大きいのか。それにはちゃんとした理由がある。
ロープが張ってあってもリングから転落する事はしばしばある。リングから落ちた場合その者は即座に負け。もし両者一緒に落ちた場合には、先に床に着いた方が負けというスリリングなルールの為である。
そのルールを採用してから、同系列のグループの総合系格闘技の人気は圧倒的なものになった。これは日本の相撲のルールを参考にしたもので、従来までの総合系格闘技の欠点である、いわゆる膠着状態を無くすのに役立った。
もしスロービデオでも判別のつかないほど同時に床に着いた場合には、二人の審判とレフリーによる協議によって決まる。
どちらが積極的に攻撃を仕掛けたかの判断をするのである。それでも互角と判定された場合に限って五分間の延長戦が認められる。
それでも尚決着が付かなかった場合はレフリーに最終判断が任せられる事になっている。つまり延長は一回限りで必ず決着が付く事になる。もっとも今までのところそこまで行った試合は一つも無かった。
金雄は思わぬ苦戦を強いられていた。流血など無いようにする為に彼のもっとも得意な足技、蹴り技が殆ど使えない為である。
しかし何とかパンチ力で圧倒して腹部への痛打で時間ギリギリにKO勝ちした。金雄にとって幸いだったのはパンチ力もまた超一流だった事である。
彼の試合の終了で全ての階級のベストエイトが出揃った。そこで昼食休憩となった。金雄も勝ったが金太郎も何とか勝っていた。
昼食は初めて三人一緒に取る事になった。三人は南国ホテルの一階のシードラゴンで昼食を取った。何かとはしゃいでいたのは金太郎だけである。
「次の試合からテレビに映ります。ダイジェストだけど俺の姿をクニで応援している弟子達が見たら何と言うだろう。ああーっ! わくわくしますね!」
「ははは、金太郎さん、はしゃぎ過ぎですよ。幾らテレビに映っても情けない試合では洒落にならない。それは俺にも言える事だけど……」
金雄は自戒しながら注意した。
「そうよね。でも金雄さん、何だか迫力が無い様な気がするわよ」
「そうだな、次からはもう少し何とかするよ」
「そりゃあ金雄さんにはハンディがあるから、大変なんですよ。お嬢様に気を使っているんですよ」
「えっ、わ、私にですか?」
陽子は意外に思った。
「そうさね。春川お嬢様は発作を起こす持病を持っていらっしゃる。だから過激な攻撃が出来なくて大変なんですよ」
「あ、す、済みません。かなり免疫が出来て来たと思いますが、後の試合は見ない方が良いかも知れませんね」
「いや、それは俺が困る。大好きな春川さんが応援しているから頑張れるんですよ。そこの所を勘違いしないで貰いたい」
「有難う、金雄さん。そう言って貰えると本当に嬉しい。……そういう事なので金太郎さん、私は金雄さんの応援を続けます。
金雄さん、私の事なんか気にせずに頑張って下さい。それから金太郎さんの方へ応援に行けないけど、頑張って下さいね」
そこで金雄は少し疑問に思っていた事を金太郎にぶつけてみた。
「ところで金太郎さんは俺の住んでいる北中山シティより、さらに北の地域が活躍の場所だと思うんだけど、どうしてアジア北部地区の予選に出なかったんですか?」
「あははは、簡単ですよ。大きな声じゃ言えないんですけど、水準が違うんですよ」
「水準?」
「はい。簡単に言えばこっちの方のレベルが低いと言う事です」
「ははーん、こっちの方なら優勝出来るかも知れないけど、北の方じゃあ無理という訳ね」
「お恥ずかしい話ですがその通りです。ここのトップと向うのベストエイトと同じ位だと言われているんです。勿論内緒の話ですよ……」
金太郎の小声の打ち明け話を聞きながら、金雄は何か奇妙な感情を持った。何故自分をアジア北支部に出場させないのか分からなかった。
『浜岡は一体何を考えているんだ。益々分らんぞ。俺に一体何をさせる積りなんだ?』
三者三様の感情を抱きつつ昼食を終えた。金雄の次の相手は意外な相手だった。
場内アナウンスで準々決勝最後の試合に出場する選手名がコールされた。
「これよりスーパーヘビー級の準々決勝の試合を始めます。小森金雄選手、リガール・カスベルト選手ステージに上がって下さい」
試合場はあくまでリングと言わずにステージと言うようである。他の格闘技との差別化を図っているらしい。
『リガール? 聞いたような名前だな』
ステージ上で向き合って思い出した。高速フェリーの船中のレストランで、自分を嘲笑したもう一人の方の男である。
一人は予選で撃破した。しかし金雄の見たところ、二人の実力は似たり寄ったりに感じられた。予選ではこの男を見掛けなかったので、シード選手という事になる筈である。