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変身(5)

『だ、駄目よ、ここで負けちゃ駄目。ここでくじけたら金雄さんに嫌われてしまう。頑張れ、頑張れ、頑張れ、陽子!』

 陽子は両手を握り締め、歯を食いしばって耐えた。それでも体の震えは止らなかったし、涙がぼろぼろと零れた。


 金雄が勝利者と認定されて今日の試合は終了した。ステージの上から陽子の様子がおかしい事に気付いた金雄は、直ぐに彼女の側に駆け寄った。しかしこの間の例がある。うかつに声を掛けられないのだ。


「あ、あのう、陽子さんは大丈夫なんですか?」

 金太郎は青くなって金雄に聞いた。

「少し様子を見た方が良いです。もう少し待っても駄目だったら病院に連れて行く積りですが……」

「わ、わ、私、大丈夫みたいです。前ほどじゃ有りませんから」

 確かに震えも涙も治まって来ている。金雄と金太郎は無言で時を待った。五分ほどしてやっと陽子の顔に赤みがさして来た。どうやら大丈夫なようである。


「いまの試合はちょっとまずかった。ピーターさんに足を捕まれるとは思わなかった。不本意だったけど、ああいうやり方しか思い付かなかったんだよ」

「でも、どうして相手を壊すの。歯も沢山折れたみたいだったし、可哀想過ぎます。別のやり方があるんじゃないんですか?」

「うん、ちょっと格好を付け過ぎた。相手の頭上を飛び越しざま蹴りを入れるというのは、見た目は凄いけど反応の良い相手には通用しないと分った。

 特にああいう首の太い頑丈がんじょうなタイプにはね。俺が悪かった。明日の試合はもうちょっと地味に行くから、許して貰えないか?」


 金雄は陽子に一応、びを入れた。金太郎はしかし、陽子をなじった。

「でも格闘技に怪我や流血は付き物ですよ。それを気にしてたんじゃ試合なんか出来ないんですよ、春川さん」

「済みません、そうなんですよね。私こういう事に向かないんだわ。で、でも努力はしてるんだけど。今の発作ほっさだって前ほどじゃないし」

「前にもあったんですか。ああ、具合が悪くて寝ていたというのは、この事だったんですね」

 金太郎は少し馬鹿にした様な口調で言った。


「まあ、とにかく無事に済んだんだから良いじゃないですか。そろそろ時間ですから後は明日と言う事で」

「そ、そうですね。それじゃあ、あっしはここで。ああ、あの、春川さん、さっきはちょっときつい事を言っちゃって申し訳無い。これだから女房に逃げられるんだよな。反省してますから。先生、春川さん、おやすみなさい」

 金太郎は如何にも失言してしまったという感じで、謝罪しがてら別れを告げた。

「おやすみ!」

 金雄と陽子は声を揃えて言った。この様な場面ではあったが不思議と気の合う二人である。


「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 南国ホテルの部屋の前で金雄と陽子も『おやすみ』を言い合って互いの部屋に入ろうとした。しかし急いで陽子が駆け寄って来て声を掛けた。


「あの、少し私の部屋でお話しませんか」

「今日は遅いからちょっとね。もし明日暇があったら少し位なら良いけど」

「そ、そうですね。そうします」

 結局陽子の望みはかなわなかった。しかし明日は期待が持てるかも知れない。


 金雄は部屋に入るとすぐシャワーを浴びた。その後でカーテンを開けて夜景を見る。スカイシーンに負けない素晴らしい夜景が広がっていた。美しいとは思うが心がすっかり晴れた訳ではない。


『明日の為に休養を取っておかなければ』

 そう思って寝ようとした時だった。

「ルルルルー、ルルルルー、……」

 電話のベルが鳴った。


「誰だこんな時間に!」

 嫌な予感がした。

「はい、小森です」

「ナンシーです」

 嫌な予感は当った。


「何の用ですか?」

「私はあんたの声なんか聞きたくないんだけど、浜岡先生からのメッセージを伝えるわ」

「俺もあんたの声は聞きたくないが、仕方が無いな。メッセージを言ってくれ」

「ふん! 『貴方は自分がエムである事を親しい者に限って話しても良い。いや、なるべく話すべきだ』これが先生のメッセージよ」

「えっ! 本当に言っても良いんだな?」

「浜岡先生が直々に私に言ったのよ。間違い無いわ。何か質問がおありかしら?」

「俺の生立おいたちを話しても良いのか?」

「それは聞いてないわ。別に構わないんじゃないの。どうせ汚れきった人生を嘘で塗り固めて、美談にして話すんでしょうけど。ねえ貴方何人の女性に暴行したの? 二桁? それとも三桁? そういう事も正直に言って貰いたいものだわね」

「俺は一度も女性に乱暴なんかした事は無い!」

 金雄は断言した。

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