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変身(4)

「あっ、ああっ、それはその、俺の行った学校とは随分違うからさ。さてウォーミングアップするぞ。俺はトレーニングルームにいるから、出番になったら呼んでくれないか」

「あ、い、良いわよ。じゃ、行ってらっしゃい」

 金雄が去ると、陽子は猛烈に考え始めた。


『おかしな事ばかりだわ。第一私を雇ったカランって金雄さんと何の関係も無いみたい。本当のオーナーの浜岡っていう人が金雄さんとどういう関係があるの?

 資料によると金雄さんの流派は、自己流よ。もし浜岡っていう人が浜岡博士なら確か天空会館と関係があった筈よ。私が唯一知っている流派だわ。

 でも金雄さんは自己流。何処にも属してない。それなのにどうして浜岡さんは彼に大金をつぎ込むの? それに私の面接も変だった。

 実際には雇い主の浜岡の代理のカランという人の、更に代理の女の人とその助手の男の人が面接した。一番引っ掛るのは、彼等が私に、格闘技に興味があるかと聞いたのよね。

 私は正直に全く無いと答えた。絶対落ちると思った。そんな人に格闘家の世話が務まる筈が無いと考えるのが普通でしょう?

 でもそんな私が選ばれた。何故? それに、私の大好きな小森金雄さんは何か凄い秘密を持っている。まるで学校そのものを知らないような口振りだった。詳しく書かれた資料があるのにさっぱり分っていない。

 ……ひょっとして余り漢字が上手く読めないんじゃないかしら? 辻褄つじつまが合うわね、そう考えれば。でも何だか危険な匂いがする。命が危ないかも。ま、まさか。考え過ぎよね?』

 陽子はそこまでで考えを打ち切って、試合の展開を見ながら、金雄に知らせるタイミングを計っていた。


 次の次が金雄の最終戦、となった所で陽子はトレーニングルームへ金雄を迎えに行った。金雄はストレッチをしていた。足は簡単に百八十度以上開く。


『私より柔らかい体なんだ』

 ちょっとショックだった。金雄が少し遠い存在に思えた。勿論そんな気持ちは直ぐに打ち消して声を掛けた。

「金雄さん、出番ですよ!」

「ああ分った」


 時間はかなり遅く殆どの人が帰ってしまっている。この最終戦に限って五分間の延長戦が認められていて、それでも決着がつかなければ判定になるのだが、審判同士でもめる事が多く一試合あたり平均で二十分掛っていた。


 もう十時を大分回っている。やっと金雄の出番となった。相手はピーター・ファング。肌の色は褐色でずんぐりとした体形である。首の太さがやけに目立つ男だった。


 試合開始直前に早川金太郎が息を切らして走って来た。

「か、勝ちました! 明日出られます」

「えーっ! 勝ったの。おめでとう。今から金雄さんの試合が始まるから一緒に応援してね」

「ああ、勿論ですよ。これから始まるんですよね。丁度良い所に来た」

 観衆は僅か数十人。明日の予選でしかない今日の最終戦に大抵の人は余り関心も無く、出場選手の関係者以外は殆ど残っていないのだ。会場を随分沸かせた金雄だったが所詮は予選である。

 陽子と金太郎と特に熱心なファン数名を除けば、残りは全てピーターのファンだった。彼も地味ながら優勝候補の一人だった。


 分厚い筋肉は防御力が相当のものである事を暗示している。惜しむらくはこれといった得意技が無い事だった。どちらかと言えば関節技や絞め技が得意のようである。今日最後の試合が始まった。


「オリャーッ!」

 気合諸共金雄はピーターの頭上を飛び越え、空中からピーターの頭を蹴った。減圧シューズを履いているので威力は約三十パーセント落ちる。

 その為かどうか金雄の足はピーターに捕まえられた。そのまま足首をねじる関節技に入る積りだった。しかしその技は両手が必要なのだ。その為に防御がお留守になってしまったのである。


「バシ、バシ、バシ、バシ、バシ、バシ、……」


 金雄は左足でピーターの顔面を蹴り続けた。両手を床の上に着き、体勢が崩れているので威力は半減しているのだが、それでもピーターの歯は折れ、鼻は潰れ、顔面は血だらけになった。

 ついに膝を着き金雄の足から手は離れ、口の内の損傷によるかなりの量の血を、何個かの歯と共に吐き出しながら、バッタリと前に倒れて動かなくなった。


 もはやカウントの必要はない。直ぐに担架で運び出された。ピーターが倒れて勝敗が決するまでの時間は約二十秒。金雄にとって最も長い試合時間である。だが彼の恐れていた事が始まりそうだった。


 激しい吐血を見た陽子は恐怖で体が震え出した。事情を知らない金太郎は慌てて陽子に声を掛けた。

「ど、どうしたんですか。春川さん、だ、だ、大丈夫ですか!」

 陽子は必死で耐えていた。

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