変身(3)
二人一緒に会場に入ると、金太郎が待っていた。
「お二人さん何だか恋人同士みたいだな。ああ、これは余計な事を言いました。ええとお宅さんは……」
「ああ、自己紹介していなかったわね。私、春川陽子。南国大学二年。二十才です」
恋人同士みたいと言われて気分が良かったのか、陽子は胸を張って言った。
「ええっ! 南国大学の学生さん? こりゃ、たまげた。相当ハイレベルな学校ですよ。あっしなんか及びもつかない。一応三流大学を出てはいるんですが、後がいけない。
就職難でしてね。つい良からぬ道にはまり込んじゃって。でも女房に逃げられてから目が覚めました。は−っ!」
金太郎は一旦溜息を吐いてから再び話し始めた。
「大学時代にやっていた格闘技を生かして食べて行こうと思ったんですが、それもなかなか。弟子が二十数人では食ってはいけんのですわ。せめてここの大会で優勝でもすれば、もっと弟子も集まると思っておりました。
それでついこちらの旦那が船酔いしているのを好い事に、多分同じクラスだろうと思って、強そうだったので、今のうちに潰しておこうと襲い掛かったんです。
ははは、ところが逆に一発で伸されてしまいました。ああ、私は早川金太郎です。今言った通りの本当に情けない男です」
金太郎は陽子の前でも如何にも恥かしそうに言った。
「ふふふ、でも素晴らしい正直さだわ。ちゃんと良い所があるじゃない」
陽子は何と無く金太郎に同情を感じて、慰めの積りで言った。
「あ、有難う御座います。その、それで、ここに来たという事は最終戦まで残ったという事ですよね」
金太郎は礼を言ったが、自分の事より金雄の事の方が気になっていたようである。
「はい、金雄さんはダントツでした。途中で気分が悪くなって見ていない試合もあるんですけど、拍手と歓声でどの位凄いか想像が付きます」
「やっぱり思った通りだ。それに比べるとあっしの場合は、相変わらずの綱渡りなんですが、何とか最終戦まで来れました。あと一つ勝って、明日に繋げたいですねえ」
「早川さんやりましたね。二人一緒に明日の試合に出られる様に頑張りましょう」
「それじゃ、明日またここでお会い致しやしょう!」
金太郎は手を振って自分のエリアに向かった。
「ふふふ、私達って恋人同士に見えるのかな」
「早川さん、張り切ってるねーっ!」
「もう、話しをそらさないで。悪あがきだって事は分っているけど、それが乙女心だと思うわ」
「えーと、もう一度抽選があるんだよね。ああ、その前に言っておくけど、俺は春川陽子が大好きだ。ただし友達としてね」
「ハアーッ、それが問題なのよね……」
二人はそれでも随分仲良さそうに抽選会場に行った。四角い箱の中にボールが入っていて、それに一から十六までの数字が書いてある。金雄の代りに陽子が暫く中のボールを捜してから引き当てたのは十六番だった。
「あちゃーっ、最後だわ。無駄に待つ事になる。あたしって本当にくじ運が悪いわね。御免、金雄さん」
陽子はぺこりと頭を下げた。
「何番でも良いよ。誰と当っても全力をあげるだけさ。いやむしろ良かったかも知れないよ。多分一時間位待つ事になるだろうから、ウォーミングアップするのに丁度良いよ」
「そういう風に言ってくれる所が金雄さんの良い所ね。ますます好きになっちゃうわ」
「仕舞った! 逆効果だったか」
「あれ、逆効果ってどういう事かしら?」
「い、いや、何でも有りませんよ」
金雄は惚けて言った。
「信じられないわね。こんなに強いのにまるで弱い男みたいに謝るんだもの。私が格闘技を嫌いになったのは中学、高校時代にクラスに大抵二、三人格闘技をやっている奴が居て、何でも力で解決しようしたからなのよ。
そりゃそいつらが正しい時もあったけど、そうでない時も随分あった。高校生ぐらいになると先生より強くて、そいつらに教師がペコペコしてるのよね。
でも私は教師が情けないとは思わなかった。悪いのはそいつらなのよ。私だってそいつらには逆らえなかったんだもの。
美人だと目を付けられるからわざとダサい格好にしてた。そいつらに目を付けられた女の子や、いじめの対象になった男の子は悲惨だった。大抵転校して行ったよ」
「へえーっ、学校って、ちょっと嫌な所だな……」
「えっ? ……えっ? どういう事? まるで学校に全然行かなかったみたいな言い方ね」
つい漏らしてしまった言葉に陽子は敏感に反応した。