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クラッシュショック(1)

 金雄が側に寄った途端、ガタガタ震え出した。顔が恐怖に引きり、やがて涙が溢れ、その状態が暫く続いた。


「ど、どうしたんだ?」

「怖い、金雄さんが怖い。怖い、怖い、……」

 陽子は怖いを連発した。他の連中は知らなかったが、陽子は金雄の優しさを知っている。それだけに金雄の圧倒的な強さが逆に大きなギャップとなって彼女を震え上がらせたのだろう。


 ついさっきまでの金雄は、まるで牙を隠したライオンの様に思えた。そのライオンと平気で今まで接して来たのである。

 だがライオンはライオン。たまたま牙を向けなかっただけのこと。そう思ってしまうと、これから一緒に行動するのが怖くて仕方が無いのだ。


 金雄は困って、

「俺は陽子さんに何もしないよ。今までもしなかっただろう? 怖い事なんて何にも無いよ」

 彼女の耳元でささやいた。しかしそれは逆効果だった。恐怖心が一層増して、ついに失神した。金雄は慌てて彼女を抱きかかえると、そのままホテルへ向かった。


『ホテルのフロントで事情を話せば、何とかしてくれるんじゃないか?』

 南国格闘会館にも外科だけではあるが、病院がある事を金雄は知らなかった。不幸中の幸いだったのは陽子の失神は一時的なもので、ホテルに着く前に意識が戻った。それに恐怖心も大分薄れていたのである。


「ご、御免なさい。私……」

「別に構わないから。どうする、病院に行くか? それとも……」

「少し眠れば大丈夫だと思いますから。あ、あの私の部屋に連れて行って下さい、何だかフラフラしていて、歩けるかどうか」

 陽子はエレベーターで運ばれる事を想像していた。


 フロントで彼女は二人分のキーを受け取って、

「大丈夫、すっかり良くなりましたから。あ、歩きます」

 と言ったが、

「ちょっとここでトレーニングをさせてくれないか」

 金雄は彼女を下ろさずに階段を上り始めた。一度に六、七段ずつ、素晴らしいスピードで昇って行く。たった二歩で階の半分の踊り場まで着いてしまう。エレベーターで行くよりも速い位だった。陽子は心地良い風を感じながら、しげしげと金雄の顔を見続けていた。


「ふう! 到着!」

 七階までおよそ二十秒で到達した。陽子をそこまで運んだのはおびの気持ちが強かったからである。それにフラフラしている女性を歩かせるのは気が引けた。

 エレベーターを使わなかったのは、誰か他の人に見られるのが、他の人と一緒に居るのが何と無く嫌だった。誤解を受けるかも知れないと思ったのである。ホテルの階段を歩く人は殆ど居ない。実際、今も誰にも出会わなかった。


「あ、も、もう良いです。歩けますから」

 陽子は恐縮して言った。

「それじゃあ、ドアの前まで」

 金雄は陽子を部屋の前まで運んでから降ろした。


「済みません、ちょっとだけ休んで行って下さい。今日は私の勘違かんちがいのせいでご迷惑をお掛けして。でもコーヒー一杯を飲む時間ぐらいならあると思いますから。次は昼食休憩を挟んでからですから絶対に大丈夫です」

「えっと、ああ、それじゃあ、そうします」

 陽子と彼女の部屋に二人切りになる事に多少の躊躇ためらいがあったが、場合が場合だけに了承した。美穂の事を一瞬思い浮かべたし、盗聴されている事も頭の中にあったからである。


 二人一緒に部屋に入ったが当然の事ではあるが部屋の作りは同じである。金雄はさり気無く部屋のあちこちを見回した。何か違いがあればそこに盗聴器などが仕掛けられている可能性がある。しかし特に違いは見付けられなかった。


「インスタントしかなくて、それでも良いでしょうか?」

「別に構いませんよ。……それにしても随分早く俺の番が来ましたね。何も春川さんのせいじゃないです。俺の番は確か……」

「ええ、二百五十番目です」

「そうでしょう? 俺だってあんなに早いとは思わなかった。それと身分証の事はうっかりしていました。試合が終るまでは預かっていてくれませんか」

「ええ、そうします。ああ、コーヒーをどうぞ。ノンカフェインですからドーピングにも引っ掛らない筈です。もっともこの大会では、何か特別な事でも無い限り検査はしないと聞いていますが」

「じゃあ頂きます。でも大丈夫ですか。今日はずっと休んでいて下さい。無理な様でしたら明日も休んでいて良いですよ。それと病院に行った方が良いと思いますけど……」

 金雄は心配そうに言った。

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