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思い違い(5)

『危なかったのね』

『その通り。逃げる途中で散々野犬に噛まれて、俺は重傷を負って一ヶ月くらい寝てたな』

『お医者さんに掛るなんて事は無かったのよね?』

『うん。治ったのは幸運だったとしか言いようが無いね。それで俺は考えたんだよ。細い木にばかり頼っていては駄目だとね』

『ああ、それでジャンプ力を付けようとしたのね』

『そう、高い木の枝に飛付ければ、彼等の攻撃をかわすことが出来る。細い木は少なくても、枝なら幾らでもある。それにジャンプ力が付けば、逃げ足だって速くなるしね』

『なーるほど、それで足が速くなったんだ』

『そういうこと』

『ふふふ、何も恥なんかじゃないわよ。こういうのを男の勲章くんしょうって言うのじゃないかしら?』

『ははは、傷が勲章なんだ。でもあんまり有難くない勲章だな。時々痛む事があるしね』

『だけどこれからは大丈夫よ。私が守ってあげる』

『あははは、美穂さんにはかなわないな』

『そうよ、ずっと一緒に居れば良いのよ』

『ああ、その積りだよ』


 美穂との楽しい会話を思い出して、涙が零れそうになったがぐっと堪えた。深夜に自分の泣声を盗聴している奴等に聞かれる事は、そう考えただけでも無性むしょうに腹立たしかったからである。


『何処に盗聴器や盗撮機が隠されているんだろう? しかしうかつに探す訳にも行かない。探している事がばれただけで美穂の命が危うくなる。

 待てよ、もし美穂が死んだと分かったら俺が彼等に従う事は無い。それでは彼等も困るのでは? いやあの浜岡という男がそこまでドジな男だとはとても思えない。

 とすれば見せしめ? 他にもいるのか? 俺の様にあいつに操られている奴が? ……そうかも知れないな。あせるな焦るな、きっとチャンスは来る。試合に備えて寝ておくか』

 金雄は再びベットで横になったが、目が冴えて来てなかなか眠れなかった。コーヒーが効いているのかも知れない。午前五時を過ぎてからやっと眠れた。


「金雄さん、起きて下さい。八時半過ぎてますよ!」

 ノックの音と共に陽子の声がした。

「ああ、分かった。今行くから、先にレストラン方に行っててくれないか」

「じゃあ行きますけど、早くして下さいね」

「うん」

 ちらりと備え付けの掛け時計を見ると、午前八時四十五分だった。


『大丈夫まだ時間はある!』

 やや安心して、金雄は浜岡に渡された鞄を持ち、キーも持って部屋を出た。今日一日でノーシード組のベストエイトが決まるが、半日は掛ると思われるから、道着だけでなく諸々の物が入った鞄ごと持つ事にした。一階のレストラン、シードラゴンはかなり空いていた。殆どの人が既に朝食を済ませた後の様である。


「おはよう、寝ぼすけさん!」

 陽子はからかい加減に金雄に声を掛けた。

「悪い悪い、夜中に目が覚めてね、遅くなってから寝たからつい寝過ごしちゃったよ」

「それは分かったけど、早くしないとバイキングタイムが打ち切られちゃうよ。九時までなんだって」

「えっ、それは大変だ。でも殆ど残ってないぞ」

「じゃーん! ちゃんと取っておきました。どうぞ」

「あっ、気が利くねえ。さすがに高給アルバイターだけの事はある」

「どういたしまして」

 二人はかなりのスピードで朝食を済ませると、キーをフロントに預けて会場に向かった。


 会場に着くと先ず陽子の案内で男子の着替え室に行って道着に着替えた。道着といっても体にピッタリとフィットしたトレーニングウエアのような奴で、ファスナーではなくマジックテープの様な物で左右を留める様になっている。


 下のズボンも同様に脚にピッタリとフィットしている。関節部分には非常に柔軟な素材が使われていて、体にフィットしていながらも手足は自由に動かせた。

 手には指を動かせる特製のグラブをはめ、靴も同様に特製のものだった。服もグラブも靴も、ダメージを軽減する働きがある。

 それによって通常考えられる反則技、金的や目を突く事などを除けば自由に相手を攻撃できる。『南国格闘会館』のかなり大き目のロゴが胸とズボンの右上に入っている。グラブと靴にも同様のロゴが入っていた。


 中は大勢の人でごった返していて、最重量級の会場を探すだけでも一苦労だった。試合時間は今日の予選の場合一ラウンド五分のみ。

 決着がつかない場合はレフリーの独断で勝利者が決定される。ダウンは即負けという厳しいものだった。そうもしなければ人数が多すぎて今日中にベストエイトを決められないのだ。


 また遅刻は即失格である。陽子は彼女流の考え方で一試合平均四分にしていた。八時から試合開始といっても、仰々(ぎょうぎょう)しいオープンセレモニーもあると思っていた。

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