思い違い(3)
「本当に大丈夫なのか。二人合わせて五万ピースだぞ!」
「そんなに心配しなくても大丈夫だわ。一日の食事に二人合わせて十万ピースまで。三日間で三十万ピースまで認めるって言ってくれたのよ、カランが」
「カラン?」
「そう、カラン柴崎。私の雇い主よ」
「……カレンじゃないのか?」
金雄は本来名前など、どうでも良かったのだが、少しでも事件の真相を知ろうと、あえて名前を確認する事にしたのである。
「うふふふ、私と同じ事を聞くのね。日本語はちょっと怪しいけど、まだ若い日系四世の女の人で、カレンではなくカランだと本人が念を押すのだから間違い無いでしょう?」
「カランねえ。しかし三日間で三十万ピース。俺の全財産と幾らも違わないぞ。どうしてそんなに太っ腹なんだろうね」
「貴方に最高の状態で戦って欲しいんだそうよ」
「ふーん、良く分らないな。金を掛ければ勝てるっていうものでも無いだろうに。そのカラン柴崎って何をしている人なのかな?」
「うーん、それは私も良く知らないんだけど、彼女は代理人で本当のオーナーはドクター浜岡っていう人らしいわよ」
「ドクター、浜岡!」
金雄はつい口を滑らせてしまった。
「えっ? 浜岡博士を知ってるの?」
「あ、いや、個人的には知らないけど、良く耳にするんだよね」
「確かロボット工学の世界的な権威の人で浜岡敦という人がいるのよね。でも今回の浜岡さんと同一人物かどうかは分らないわ。下の方の名前まで聞いてないもの」
そこで料理が運ばれて来た。二人は食べながら話し続けた。
「ところで大会の事に付いて聞きたいんだけどね」
「そうね、先ずクラスからいくわね。軽い順に軽量、中量、重量、最重量の、四クラスが有るけど、資料によれば、貴方の体重は九十二キロだから、最重量クラスね。まあ、会場の方ではライト、ミドル、ヘビー、スーパーヘビー級って英語で言ってましたけど」
「えっ? 俺は八十八キロだけど? 重量クラス、まあ、英語で言ったらヘビー級だったと思うけど?」
金雄はちょっと面食らった。
「そ、そんな! 私、最重量クラスで申し込んじゃったわよ。ど、どうしよう?」
「はははは、まあ別に構わないよ。今からじゃクレームは受け付けて貰えないだろうしね。この資料がいい加減なんじゃないのかな。俺の身長はどうなってる?」
「百八十五センチよ。でも、身長はクラス別けには関係無いわよね?」
「うん。ははは、しかし身長の方は合ってるね」
「へえーっ、身長は合っているんだ。……でも、良いわね背が高くって。私は百五十センチも無いのよ。ああ、今はそんな事を言っている場合じゃないわね」
「まあ、別にいいけど。ひょっとして体重は推測で書いたのかな?」
「推測で書いた? ちゃんと身体測定をして書いたんでしょう?」
「うーん、そう思うんだけどねえ……」
金雄は本当の事が言えなかった。どうも何処かで盗聴されている様な気がするのだ。結局話題を変える事にした。
「ところで俺の対戦相手はどんな奴なんだ。強そうな人だと聞いたけど」
「それが、身長二メーター十センチ、体重百五十キロ。グラウンド系格闘技の元世界チャンピオン、グレン・ターナーっていう人なのよ。三十才なんだけど、御免なさい勝ち目が無いわね。
ああ、ショック! 一応歩合制なの。貴方が負けた時点でこのバイトは終りになるの。御免なさい、私にくじ運が無いばっかりに」
「はははは、まだ負けたと決った訳じゃないんだから。勝負はやってみないと分らないじゃないか。グラウンド系って言うと、関節技や絞め技、固め技なんかが得意なんだろうけど、その人が世界チャンピオンだったのはかなり前の事なんだろう?」
金雄は陽子を慰める積りで言った。
「それが去年まで世界チャンピオンだった人なのよ。思う所があって、総合格闘技に鞍替えした人なの。総合格闘技の経験は浅いけど、現在まで十戦十勝でこの大会の最有力優勝候補なのよ」
「シードはされなかったんだよね。シード選手は明日からの出番だと聞いているけど」
「シードは去年の大会でベストエイトに入った人が権利だわ。グレンは去年はこっちの大会に出なかったからシードされていないのよ」
「成る程、相手にとって不足は無いね」
「ハアーッ! 不足が無さ過ぎるわ……」
陽子はがっかりして溜息を吐きながら言った。
「ふふふふ、少し分って来たぞ。明日俺が負けて、バイトが終了になるから今のうちに食べられるだけ食べておこうという魂胆だったんだ」
陽子の大盤振る舞いの意味がすっかり分かったのだった。