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思い違い(2)

「貴方みたいな人でなしに言われたく無いわね。……これから私の言う事を良く聞いて。私だって美穂さんを殺したくは無いわ。貴方の心掛け次第で彼女は十分に長生き出来るのよ。

 貴方は自分の意思で、浜岡先生の申し出を受けてそこに行って大会に出る事にした。大会までの日数が少なかったので連絡が上手く出来なかった。それで今電話している。そういう趣旨しゅしの事を彼女、つまり小笠原美穂さんとお話すれば良いのよ」

「み、美穂と話が出来るのか!」

「私が浜岡先生にお願いしたの。彼は寛大かんだいだわ。快く承知してくれた。卑劣な方法で何十人もの人間を殺傷した貴方に、更正のチャンスを与えてくれているのよ。少しは感謝しても罰が当らないと思うわ」

「美穂が何をした! 俺を責めるんなら甘んじて受ける。しかし! ああ分った。批判しても無駄か。言う事は聞く。そちらの意向に沿った話をする。美穂につないで欲しい……」

「ちょっと待って。……それじゃあ、美穂さん、金雄さんと電話が繋がったからどうぞお話して下さい」

 ナンシーは急に穏やかな口調に変えて言った。


「はい。……金雄さん?」

「あ、ああ、金雄です」

「あーっ、安心した。急にいなくなるんだもの。心配したのよ」

「わ、悪かったよ。何しろ急なことだったんで、浜岡という人が面倒見の良い人でね。渡航手続きやら何やら、全部やってくれてね。

 今、南国島のホテルに居るんだよ。明日から大会が始まるんだ。ちゃんとアシスタントまで付けてくれているんだよ」

「アシスタントまで?」

「そう、大学生のアルバイトなんだけどね。船旅でちょっと疲れたんで、今、大会の手続きに行って貰っているんだ」

「男の人?」

「いや、お、女の人だけど……」

 金雄は美穂の性格を思い出したせいか、ちょっとつかえて言った。


「まさか同じ部屋に寝泊りするんじゃないでしょうね?」

「はははは、幾らなんでもそれは無いよ。彼女は隣の部屋に寝泊りするんだけど、プライベートなお付き合いは絶対にしないと釘を刺されてね」

「ちょっと鼻の下を伸ばしたんじゃないの?」

「そんなやわな性格じゃないんだよ。誰かさんに似てね」

 金雄は緊張を隠す意味でもジョークを交えながら言った。


「はーっ、分ったわ。それじゃあ大会の方頑張ってね。こっちは全然大丈夫だから。心配する事は無いわよ。後、特に電話する事は無いわ。電話代が馬鹿にならないでしょう?」

「確かにそれは言えてるな。じゃあまたそのうちに」

「まあ、のんびりしてらっしゃい。さよなら」

「ああ、さよなら」


 美穂は金雄が危険な状況に有る事を今の電話で知った。肝心な事を何も言っていない様な気がするからである。言わないのではなく言えないのだと悟った。

 金雄も美穂が何かに感付いたと思った。この様な状況で電話代が馬鹿にならない等と言う筈が無い。電話する事が互いを危険にさらす事を二人とも思い知った。現在の状況が解消するまでは、二度と電話しないと二人とも心に誓っていた。


 電話が終ると、約束の七時まで暇なので金雄はトレーニングを始めた。ナンシーから何か言って来ると思ったが何も無かった。七時少し前にトレーニングを終え、シャワーを浴びて陽子が帰って来るのを待った。


 少し待ったが中々戻ってこないのでテレビをつけて見た。夕方七時からのニュースが入っていた。

「……、一歩間違えれば大惨事でした。高速フェリーの船長の機転の利いたアナウンスでパニックにもならなかった訳ですが、日本の防衛省は事態を重くみて、何故この様な魚雷の誤発射が潜水艦からなされたのか、徹底的な調査をすると確約致しました。

 今回の事件に関しましては政府も警察庁も重大な関心を寄せており、独自の調査チームを組んで徹底的に調べると発表しております。次のニュースです、……」

「ええっ! これって俺の乗った奴じゃないのか? お、俺が眠っている間にこんな事件があったなんて……」

 ニュースの詳細をリモコン操作で画面を切り替えてみた。思った通り、自分の乗ったフェリーボートが関わっていたのである。


「ヒューーーーッ!」

 大きな安堵あんど溜息ためいきいた。もし自分が死んでいたら、いや、死なないまでも万一南国島への到着が大幅に遅れたら、

『美穂の命が危なかった!』

 と感じて本当にぞっとした。しばし呆然としていたが、やがて気を取り直してテレビを消し、

『しょうがない、もう一度トレーニングでもしようか……』

 そう思っているとドアの向うから足音が聞こえて来た。どうやら戻って来た様である。


「あのう陽子です。ちょっと長く掛っちゃって」

 七時半もかなり過ぎてから、やっと陽子が戻って来た。

「あたしって、くじ運が悪いわね。とっても強そうな人と当っちゃったわよ。どんな人か調べてたら時間が掛っちゃったのよ。お腹が空いたでしょう? 続きはレストランで話すわね。さあ行きましょう」


 彼女が引っ張って行ったのは、同じ階に有る『スカイシーン』というレストランだった。しかし満席で暫く待たされたが、待った甲斐かいはあった。夜景が素晴らしかったのである。


「へへへへ、ちょっとグッと来たでしょう?」

「はははは、これはちょっと参ったな。こんなに綺麗な夜景は生まれて初めて見るよ」

「前に一度来た事があるんだけど、ここのレストラン、景色も最高なんだけど値段も最高なのよね。二度と来れないと思ってたんだけど、でも今回の食事代はオーナー持ちだから安心して食べられるわ。遠慮しないで一番高いものを食べてね」

「どうも貧乏性びんぼうしょうでねえ。余り高いものは食べられそうも無いな」

「じゃあ私に任せる?」

「ああ」

「それじゃあ、スペシャルフルコース二人前」

 金雄が日本語でも記入してあるメニューを見ると、一人前二万五千ピースだった。余りの高額に目が回った。

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