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高速フェリー(4)

 無論その様な師弟関係の経験の無かった金雄はいささか戸惑ったが、なるようになるだろうと開き直る事にした。余りへりくだった態度だと金太郎が許してくれそうも無い。

『それにしても変な男だなあ』

 と思いつつ鼾の合唱隊の居る自分の寝台に戻った。鼾は相変わらずかしましかったがトレーニングの疲れがドッと出て、多少の慣れもあってか何時しか眠っていた。


 小笠原美穂はなつかしいナンシー山口からの電話を受け取って驚くべき事を聞かされていた。


「本当に急で申し訳無いんだけど、小森金雄さんが急遽きゅうきょ南国格闘会館で行われる、世界格闘技選手権アジア南部地区予選に参加する事になったのよ。彼は貴方あなたの彼氏よね?」

「え、ええ、まあそんな所だけど、どうしてご存知なのかしら?」

「ふふふ、貴方が自慢げにあちこちで言い触らしているから、自然に耳に入ってくるのよ。でももっと重大な事があるわ。彼にはひょっとして、エムじゃないかっていう疑いが掛っているのよ。貴方、何か知らない?」

「エ、エムの噂は私も知ってるけど、金雄さんがそうなのかどうかは知らないわ。そういう話はあの人しないし」

 美穂はとっさに嘘を付いた。


 ナンシー山口が現在何をしているのかは知らないが、エムを敵視しているらしいその口調から、天空会館と深い関りがある事は恐らく間違い無いだろう。天空会館側の人間にとってエムはかたきの様なものである。


「そうよね。……じゃあそういう事で彼は暫く帰れないと思うけど、心配しないで」

「金雄さんと連絡は取れないのかしら」

「何しろ急な事なので、そこまで手が回らなかったの。とにかく彼は無事だし、大会が終ったら貴方の所に戻って行く事になると思うわ」

「彼の声が聞きたい。何とかならないかしら。それにこれって拉致らちなんじゃないのかしら。犯罪じゃないんですか?」

「本人が同意しているんだから拉致とか、犯罪とかにはならないわ」

「そんな筈は無いわ。私に何も言わずに居なくなるなんて!」

 美穂は思わず声を荒げた。


「もう大袈裟なんだから。明後日にはテレビに映るのよ。それに多分南国島に着いたら、連絡があると思うわ」

「本当に?」

「約束するわ。さっきも言ったようにバタバタしていて、色々手違いがあって連絡が取れないだけなんだから。それじゃあまた近い内に電話するから」

「あ、あのう、……切れちゃった」

 美穂は呆然ぼうぜんとした。金雄に何があったのかさっぱり分らないのだ。


 警察に連絡する事も考えたが、その事がかえって金雄の身を危うくすると思うと、踏み切る事は出来なかった。小森金雄がエムと同一人物である事がばれ掛っている今となっては、ただ彼の無事を祈るしかない。


 その夜、実際には夜明け少し前、高速フェリーでは重大事件が発生していた。

「ビビビビーッ、ビビビビーッ、……」

 特殊な警報が鳴り響いたのである。シートベルトをするか、手摺てすりなどにしっかり捕まれというサインだった。近頃、頻繁ひんぱんに出没する海賊対策の為に、警戒パトロール中の日本の潜水艦が、誤って二発の魚雷をフェリーに向けて発射してしまったのである。

 直ちにフェリーにその旨伝えられたのだが、緊急回避行動を取らなければ被弾してかなりの被害を受けそうだった。その緊急警報を聞いて殆どの者は慌てて手摺に捕まったり座席に座っていた者達はシートベルト等をしたのだった。


「ギュィーーーン!」

 さすがに最新鋭の高速フェリー。僅か数秒で緊急停止し、

「グォン、グォン、……!」

 聞き慣れない音を出しながら高速で後退を始めたのである。海水の吹き出し口の方向を自由に変える事の出来る、ジェットフォイル方式だから出来た芸当だった。

 もっとも緊急停止や後退用に別に吹き出し口が付けてあり、それも使っての全力後退だった。そのお陰で間一髪魚雷を二発ともかわす事が出来たのである。


「本船は漁船と接触しそうになって緊急回避行動を取りましたが、無事回避出来ましたので、通常運行に戻ります。お騒がせして申し訳御座いませんでした。それではお休みなさい」

 船内放送は漁船と言ってパニックの発生を極力抑える方針を採った。二発の魚雷と言ったのではパニックが生じると判断したからである。

 船長の判断が功を奏して、これといった騒ぎも起きずに船内は直ぐ静かになった。数名が治療の必要も無い軽い打撲傷を負っただけだったので、殆どの乗客は安心して再び眠りについたのである。

   

 ただ、金雄を含むごく少数の者達は熟睡していた為に、その騒ぎに全く気が付かずに眠り続けていた。特に寝台はその様な場合にも頭が衝立ついたて等に激突しない様に特製のクッションがあって、厳重に保護されていたので大事に至ることは無かったのである。


「先生! 起きて下さい、先生、南国島に着きましたよ!」

「えっ、着いたのか? あれ? 金太郎? どうしてここに居るんだ?」

「もう皆下り始めたのに、先生の姿が無いから探してたんですよ。やっぱり昨夜ゆうべのトレーニングがきつかったんじゃないんですか?」

「うーん、そうだったのかな……、それじゃあ起きるか」


 金雄は夜明け前の騒動にも全く気が付かず、コインロッカーから荷物を取り出して、金太郎と一緒に下船した。金太郎は今朝早くの事件を当然知っていると思っていたので、別に聞きもしなかった。

 船を下りたのは一番最後だったが、下りた後どうすれば良いのか分らなかった。仕方なく鞄から資料を取り出して見た。船中で資料を見なかったのは浜岡に対するささやかな抵抗でもあった。


「ええと、この後どうするんだっけな。資料に書いてあったかな?」

「資料って? 宿とか決まってないんですか。だったら私と一緒に……」


 金太郎が同じホテルに泊まらないかと誘おうとした時、一人の小柄なズボンを穿いた少女が近寄って来た。顔立ちからすれば二十才位だろうか。全体的に地味な服装で眼鏡を掛けている。


「小森金雄さんですよね。お待ちしておりました。私、春川陽子はるかわようこと申します。あのうこちらの方は?」

「あ、あ、そうか。失礼しました。お嬢さん、あっしは名乗るほどの者じゃないですから。小森先生、ここで暫しのお別れです。大会の方、是非優勝して下さい。あっしもベストエイトに残れる様に頑張りますから。それじゃあ!」

 金太郎は慌てふためいて去って行った。


「お、おい、どうしたんだ!」

「うふふふ、気を利かせたのかしら? 何か誤解されてますね」

「ええと、ところで、そのう……」

「春川陽子です。私の事をご存知ないんですか?」

「いや別に聞いてないが」

「そんな筈は無いです。資料の方に載っている筈です。あっ、ちょっと貸して下さい」

 陽子は資料を受け取ると、ぺらぺらとめくった。


「ここです。ちゃんと写真入で載っていますよ」

「ああ、本当だ。しかしどうしてビキニスタイルの写真なんだ?」

 金雄は首をひねりながら聞いた。

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