知恵のある野獣(3)
「A、B、C?」
「そうだ。相当腕の立つ奴等だったが、ちょっと可愛がってやったら、Cと称する奴が泣き出しちまってな、何もかもべらべらと喋ってくれたよ。ここと紛らわしい大天空館という団体があるのは知っているか?」
「大天空館なら聞いた事がある」
「我が天空会館に比べたらニ十分の一にも満たないちっぽけな団体で、今でも細々とやっている様だが、うちを乗っ取るという噂があって、てっきりそこの回し者かと思ったんだよ。
しかし関係は無かった。そいつの言うところによれば、ここの顧問になって顧問料を貰う積りだったんだそうだ。はははは、呆れて物が言えねえ。
喋ったCは軽傷で済んだが、何処までも言う事を聞かなかった後の二人は重傷を負って、そのうちの一人は……。あ、いや、さあどうだ、そろそろ本当の事を言う気になったか?」
「本当の事と言っても俺は誰にも頼まれていないし、顧問料を貰う積りも無い。ただ館主と手合わせをしたいと思っているだけだ」
「どうしても言わないんだな。ならば言えるようにしてやる。手荒な真似はしたくないが仕方があるまい」
大隈室長は五、六歩下がって、
「やれっ!」
命令を下した。
正座していた男達は全員立ち上がり、エムと称する男に前後左右から四人一組になって一斉に飛び掛って行った。もしその四人の内の何人かがやられても、次々に人員を補充し常に四人一組になって襲い掛って行く。日頃からそういう訓練を積んでいるのだ。どれ程の強者であろうと五分とは持たない。その筈であった。
だが中央に居る筈の男の姿が無い。凄まじいジャンプ力で襲い掛かった男達の頭上を大きく超え、少し離れて見ていた大隈室長の顔面に、飛び蹴りを食らわしていたのだ。全く予想していなかった大隈は、気を緩めていたせいか首の骨が折れバッタリ倒れた。即死だった。
目標を失った四人があたふたとエムに向かって行ったが、彼は倒れた大隈室長の遺体を利用して四人同時の攻めを巧妙に防いでいた。
道場生達は既に死んでいるとはいえ、室長の遺体を飛び越すことさえ躊躇った。その結果、ニ十秒とは持たずに四人全員悶絶していた。
倒れている者が五人ともなると尚更四人同時の攻撃は難しくなる。結局殆ど一対一の戦いに近くなって、第三道場の猛者達は次々に倒されて行ったのである。
その辺りから一人また一人と逃げ出し、エムが三十人ほど倒した所で道場には誰もいなくなった。二十人ほどが逃げ出したようである。逃げ出した事が分かれば厳しい処罰を受ける事になるので、全員行方をくらましてしまった。
その時点では第三道場の中で何が起こっているのか、倒れ伏した者を除けばエムと逃げ出した者以外、誰も知らなかったのである。少し待ってみたが何らの進展が無かったのでエムは仕方なく再び受付に向かった。
「あのう、済みません。たびたびで悪いんだけど天の川光太郎さんをお願いします。どうしても彼と試合をしたいんですが」
道着にかなりの血が付いている事にもお構いなく言った。
「ヒーーーッ!」
大森かなえは人間離れした声を出した。ここの受付を始めて五年になる彼女には、第三道場に連れて行かれた者の殆どが、重傷を負って病院に運ばれる事が分かっている。
道場の中で何があるのか薄々気が付いているのだ。その彼女にとってエムは化け物の様に見えた。それでも何とか気を取り直して、
「しょ、しょ、少々お待ち下さい。今、館主に電話致しますから」
やっとの思いで館主の間に電話を掛けた。
「あ、あの、エ、エムが、その、あの、エムが、……」
しかし彼女の電話は全く要領を得なかった。
「大森君、何を言ってるんだね君は」
「はははは、あの、あの、だからエムが、その、……」
痺れを切らしたエムは、かなえから電話をもぎ取り自分で掛けたのである。