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高速フェリー(3)

 美穂も少し鼾を掻いたがこれほどの鼾は経験が無い。数十人の鼾が耳に突き刺さるようだった。集団生活の経験の乏しい金雄には耐えがたい苦痛だったのだ。

『これは堪らんな、暫く外の風にでも当って来よう』

 しかし外は生憎あいにくの雨だった。甲板に何時までも居られないので、屋根の有る所に入らなくてはいけない。幸いフェリーはかなり大きく、色々な設備が整っている。二十四時間営業の映画館があったので久々に映画でも見ようと思った。


 映画は時期に合わせて、格闘系の映画三本立てである。ところが満席で入れないのだ。困った挙句あげく、スポーツジムに入ってみる事にした。

 入場料千ピースを払えば、どの器具も無料で使える。大会直前なのでここも満室かと思えば、不思議にもガラガラに空いていた。


「ふう、やっと居場所が見つかったな」

 特に器具も使わずにトレーニングをしていると、

「こんばんは、小森先生!」

「えっ!」

 誰かと思えば、あの早川金太郎であった。


「先生もここでトレーニングをされているのですか?」

「先生は止めてくれないかな。俺は早川さんの先生じゃないんだし」

「そ、それだったらたった今、俺の先生になって下さい。お、お願いします」

「うーむ、俺に関ると命を落とす事になるかも知れない。これは冗談で言っているんじゃない。悪い事は言わない、止めた方が良い」

「い、命なんかいらねえ。お、俺は先生にれた。何処までも、地獄の果てまでも付いて行きますよ!」

「ふっ、ふふふ、こりゃあ参った。念を押しておくけど、本当に死ぬかも知れんよ」

「ろくな事をして来てないんですよ俺は。……だから先生の為に死ねるんだったら、本望ほんもうです。何だったら今すぐ死にましょうか? 別にそれでも構いません」

「よーく分った。そこまで言うんだったら俺の弟子という事にしよう。えーと、そうだな、それじゃあヒンズースクワット、取り敢えず一緒に千回やってみよう」

「えっ、せ、千回ですか?」

「無理だったら、出来る所までで良い。じゃあイチ、二、サン、シ、……」

 こうして二人は次の日の夜明け前までトレーニングを続けた。もっとも早川金太郎は途中でグロッキーになって、殆ど休んでばかりいたのだが、金雄のトレーニングは金太郎が絶望を感じるほどすさまじいものだった。


 フェリーの中の施設の殆どは二十四時間営業である。フェリー同士の競争は相当に激しく、そうもしなければなかなか客が乗ってくれないのである。ここのジムも二十四時間営業なのは有難かった。


「しかし明日は大会だと言うのにどうしてこんなに空いているんだろう?」

 午前三時を過ぎて二人だけになったジムで休養を取りながら、金雄は不思議に思って金太郎に聞いてみた。

「はい、一つはもう時間が遅いのと、前の日に余りトレーニングをし過ぎると、オーバーワークになって、大会当日に疲れが残るからだと考えられます」

 金太郎は教師に質問された生徒の様に緊張して答えた。


「成る程ねえ。まあそう思ってごく軽めのメニューにしている積りなんだがな」

「ええっ! こ、これで軽いんですか?」

「まあね、それじゃあ俺も切り上げる事にして、最後にちょっとした技をやってみるので、そこに立ったまま動かないで居て下さい。動くと怪我をする事があるから」

「あ、は、はい」

 金太郎は直立不動の姿勢をとった。


「硬くなり過ぎです。もう少しリラックスして下さい」

「はい、ふう」

 金雄は金太郎から二メートルほど離れた所に立つと少ししゃがんだ。


「ウリャーッ!」

 鋭い気合と共に金太郎の遥か頭上を飛び越した。飛び越した先で蹴りや突きの動作を入れてスタッと降り立った。天空会館第三道場の室長、大隅和也を死に至らしめたあの技である。


「ああっ! す、す、凄い。し、信じられない。まるで鳥みたいだ。これなら絶対優勝する。絶対だ!」

「……前にこの技で人一人を殺した」

「そ、そりゃあ、まともに受けたら死にますよ」

「それ以来、どうしてもやれなかったんだけど、事情があって場合によってはこの技も使わなければならない時も有る、そう感じて思い切ってやってみた。お陰で上手くやれた。有難う」

「先生、この位の実験台ならお安いご用ですよ。死んじゃっても構わないからどんどんやって下さい」

「死なせる訳には行かないけど、また何かあったら頼むよ」

「ハイ、喜んでさせて頂きます」

 それからシャワーを浴びて二人は別れた。


「先生おやすみなさい」

「おやすみ」

 金太郎の方が金雄より七、八才ほど年上だったが、取り合っている態度はあべこべのような感じだった。

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