高速フェリー(2)
「へへへ、船は初めてかい?」
「あ、ああ、そうだけど」
「あんたも大会に出るんだろう?」
「ま、まあね」
「そんなへっぴり腰じゃあ、一回戦で負けるのが落ちだ。悪い事は言わねえ、出場を取り消しな」
「取り消す訳には行かない。優勝する積りなんでね」
「あっはははは! こいつはお笑いだ。この位の揺れでふらふらしていて何が優勝だ。俺が諦めさせてやるぜ!」
男はいきなり襲い掛かって来た。どうやら競争相手を少しでも減らそうという魂胆らしい。しかし力量に差が有り過ぎた。体をかわして少し足を引っ掛けると、その男の体はふわっと宙に浮いてそのまま床に落ちた。
「バッターン!」
男はそのまま一時的に失神したが、直ぐに息を吹き返した。
「ま、待ってくれ。あ、あんた強いな。何処の誰なんだ。な、名前を教えてくれないか。お、俺は早川金太郎というものだ」
「俺は小森金雄。ちょっと急ぐので失礼」
「こ、小森金雄か。あんたを応援するからな。必ず優勝してくれよ」
「ああ、絶対に優勝する。優勝しない訳には行かないんでね」
「ええっ?」
「いや、何でも無い。あんたも頑張れよ」
「お、おう。今年は必ずベストエイトに入ってやる。じゃあなーっ!」
男は座り込んだまま金雄に手を振ってエールを送った。
『変った奴だな。それ程悪い奴じゃあないんだ。しかしいきなり襲って来るとはね』
早川の心情がさっぱり理解出来ないままに、金雄はレストランに入って行った。午後三時過ぎは一番空いている時間である。客は一番前の席の二人の男だけだった。やはりすこぶる体格が良く、大会に参加する選手に違いない。
「カレーの大盛り一つ」
注文して三分とは掛らずにウェートレスがカレーの大盛りを持って来た。
「すいません、お水下さい」
既に最初の一杯の水を飲み干していた。まだまだ喉が渇いている。カレーの大盛りを速いテンポで飲み込みながら、耳は二人の男の噂話に向いていた。
「はい、お水。これ置いていきますから、後はご自由にどうぞ」
ウェートレスはコップに水を注ぐと、余程喉が渇いていると思ったのだろう、冷水の入った容器をそのまま置いて行った。
カレーの大盛りを完食して三杯目の水を飲み始めた時、二人の男の内の一人がエムの話を始めたのである。
「リガール、知ってるかエムの事」
「エム? シラナイデス」
リガールと呼ばれた男は南アジア系訛りの有る日本語で話した。
「何でも、天空会館の幹部を総なめにしたらしいぜ。三十人以上を殺したらしい」
「シンジラレマセン。ソンナヒトガホントウニ、イルノデスカ?」
「天空会館の準幹部クラスの人に聞いたのだから間違い無い」
「デモドウシテジケンニ、ナラナイノデスカ?」
「そんな事が公になったら、人気が落ちてしまうからさ。人気が落ちれば収入が減る。それどころか天空会館の存亡にも関ってくる。だからひた隠しにしているのさ。政治家や警察幹部も動いたらしい」
「へーッ、エムッテスゴインデスネ。デ、カレハイマハ、ドウシテイルンデスカ?」
「何でも大道ロボット屋荒しをしているらしいよ。ちょっと触っただけでロボットがばらばらになるんだそうだ」
「ブッ!」
話を聞いていた金雄は余りに大袈裟なので、飲み掛けていた水を思わず噴出してしまった。
「なんだお前! 人を馬鹿にしているのか!」
「コノヒト、バカニシテマスネ!」
二人は馬鹿にされたと思って、立ち上がって金雄を睨みつけた。金雄も立ち上がって、
「す、済みません。そんな積りじゃなかったんですが」
金雄は目を潤ませて謝り、大盛りカレーの代金を支払うと大急ぎでレストランを出て行った。
「おい見たか、結構強そうな奴だったがべそを掻いて逃げて行ったぜ」
「オレタチモ、ツヨクナッタモノデスネ」
「そうだな、あはははは!」
「ワッハハハハ!」
二人は優越感に浸って笑い、大いに満足した。一方金雄はトイレに掛け込んだ。幸い誰もいない。
「ク、ク、ク、ウハハハハ……!」
存分に笑った。目を潤ませていたのは、笑いを必死に堪えていたからである。しかし笑い過ぎたせいか、少し気持ちが悪くなった。吐き戻したくなったがぐっと堪えた。
どうやら軽い船酔いの様である。吐き戻したい気分を抑えながら出来るだけ急いで船室に戻ると、直ぐに自分のベットに入って休んだ。船酔いは暫く続き、何時間も吐き気と戦い続けた。夜九時を回り、漸く船の揺れにも慣れて来た。
十時には消灯になり、
『気分も落ち着いて来たから朝までぐっすり寝よう』
そう思ったのだが、とんでもない事が始まった。鼾の大合唱である。