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史上最強の男(26)

「メディカルロボットに持たせて置きました。あそこのロボット達は旧タイプだから人間の命令は絶対なんです。持っていろ、と言うとずっと手に持っていました。

 彼は指示を色々と出しますが、自分では何にもしないので、手の機能がちゃんとあるのに、殆ど使っていません。それで上手くいったんですよ。良く見れば左手を何時も握っていた事に気が付いた筈なんですが」

「あああ、全然気が付かなかった!」

 美千代は悔しそうに唇を噛んだ。


「ああ、そうだったんですか。じゃあ一年後には出て来る積りだったんですか?」

「はい、一年掛けて美千代さんを説得する積りでした」

 ヘリコプターは程なく臨時基地に到着した。二人の捕縛、特に東郷美千代の捕縛は忽ち全世界のニュースとして流された。


 それから数ヵ月後二人は連合軍側の裁判、即ち国際裁判所で裁かれ、東郷美千代には懲役千年、事実上の終身刑、彼女の逃亡を手助けしたと思われた大崎夢限には、情状酌量の余地ありと考えられて、懲役三年、執行猶予五年の刑が言い渡された。二人とも上告はせず、刑は一審で確定したのである。


 浜岡を追い、亡くなった早川金太郎、佐伯竜太、安藤翔、影山譲治の四人は英雄と称されることになった。影山譲治の裏切りは一切公表されていない。


 重傷を負った影山リカは、一時的には回復の兆しを見せたものの、長期に渡る入院加療が必要となった。やはり完全には治り切っていなかった心の病も影を落しているようである。


 また、彼等と深く関わった、天空会館は浜岡敦との関係が取りざたされ、遂に閉館を余儀なくされた。


 大崎夢限にあっけなく敗れ去った原田源次郎は、己の未熟さを悔い、同じく夢限に破れたキングやスパルクと共に、小規模な格闘技の団体『夢限塾』を作って、夢限の功績を末永く伝えて行く事にしたのだった。


 浜岡の人質となっていた、ミランダ婦人、ロレーヌ国王夫妻、イージー氏、の死は世界に衝撃を与えた。それによって生じる様々な軋轢あつれきは、今後どのような影響を世界に与えるか予断を許さないと考えられるが、それでも浜岡敦が作り上げ、そのスイッチを入れようとしていた東郷美千代の、核爆弾による四十五億人殺害計画に比べれば、凌げない事は無いと、多くの者は信じた。


 計画が頓挫とんざしたとはいえ、美千代によって破壊された十の都市の死傷者は一千万人を大きく超えていた。未曾有の大惨事である。その怒りの矛先は、浜岡の息子である大崎夢限に向けられようとしていた。

 大崎夢限に対しては、彼をヒーローと呼ぶ者も少なくない。しかし彼が浜岡の息子であり、何人もの人間を殺している事実があり、更には東郷美千代の逃亡を助けた事実もある。彼を非難する声も大きくなって来て、街を安全に歩く事も出来なくなり、遂に彼は姿を消した。


 天空会館からさほど離れていない場所に天空寺という寺院がある。そこに大崎夢限の母親、恵美の遺骨が安置されている。浜岡が自分の愛人で身寄りの無い人の遺骨だと嘘を言って、そこに安置して貰っていたのである。


 夢限はその事を美千代に面会に行った時に彼女から知らされた。彼は密かにもう大分お腹の大きくなったナンシー山口、小笠原美穂と共に母親の墓参りをする事にした。彼女達とは裁判中に連絡を取って、釈放後はナンシーの熱烈なファン安川九里男のアパートに潜んでいた。


 ナンシーと美穂は安川の女友達の部屋に、夢限は九里男の部屋に暫くいたが、そこを出て桑山雄二博士の計らいで、連合軍の軍用機で日本に渡り、更に軍の車で天空寺に行った。そこで軍の車両と別れを告げ、夢限、ナンシー、美穂の三人は恵美の墓前にお参りした。


「か、母さん。やっと戻って来ました。うううっ!」

 さしもの夢限もこの時ばかりは、大粒の涙を零して泣いた。ナンシーも美穂も同情の涙を零した。

「………………」

 夢限は暫く言葉を発する事が出来なかった。母親が体を売っていた事など、今となっては、何の恥でもなかった。


『母さんは俺を愛してくれた。浜岡も美千代も、遂にして貰えなかった事を、俺はして貰えたんだ! 俺は誇りに思うよ、母さん!』

 言葉を発しない夢限の思いは、ナンシーと美穂にも十分に伝わった。暫く感無量の涙が零れ続けた。


 小一時間ほどそこにいたが、

「俺は、もう何処にも行けない。とすれば、俺の原点である、大樹海に戻るしかない。ナンシー、美穂、どうする?」

 二人は一度顔を見合わせ、かねてから約束していたのだろう、

「一緒について行きます!」

 声を揃えて言った。


「二人一緒で良いのか? それに大樹海だぞ。夏はともかく、冬の厳しさは半端じゃないぞ。その上、恐ろしい野生化した犬や、そのほか色々な危険な生き物もいるんだぞ。それでも良いのか?」

「はい。覚悟しています。私、お金はちゃんと持っていますからその方面の心配はありません。生まれて来る子供を育てるだけの資金は十分にありますし」

 ナンシーが言うと、美穂が続ける。


「私は先生になれるわ。こう見えても大学を出ているんですから」

「となると体育の先生は俺か?」

「じゃあ、決まりですね。夢限は暫くここにいて。私達取り急ぎ必要な物を買って来ますから」

「ナンシー、そのお腹で大丈夫か?」

「まだ大丈夫よ。私達随分出産に関して勉強したんですからね。あと数ヶ月で生まれると思うけど、私達だけで立派に生んで見せるわ。じゃあその辺に座って人目に付かないように待っててね」

「ああ、分かった。そうするよ」

 夢限は母親の墓石のそばの縁石に座って、二人の帰りをここに到るまでの波乱に満ちた経緯を振り返りながら、じっと待っていた。


 その後、三人に関する正確な記録は無い。ただ時折、大樹海に出入りする二人の女性と、男の子が一人目撃される事があったようである。しかし大崎夢限の姿だけは一度も目撃された事は無かった。


 それから凡そ百年の月日が流れた。犯罪者の片割れの烙印を押された大崎夢限は、最近急速に勢力を拡大しつつある『夢限塾』の人々によって、漸くその復権がなされたようである。


 そればかりではない。彼の能力を最大限精確に再現した、より人間に近い格闘用ロボットが、これも『夢限塾』の全面的協力によって、近年発売され、多くの強者達が挑戦を続けている。


 しかし未だに誰一人として、その『エム』、今では『M』(マックスの頭文字、最高の意味)と名付けられたロボットに勝てる者は無く、同一の能力を持っていた大崎夢限こそが、人類史上最強の男であろうと言われるに至っている。


                     完

ご愛読有り難う御座いました。読後の感想など書いて頂ければ幸いです。それではまた!

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