史上最強の男(17)
「いや、それとこれとは別さ。ところで夜中にトイレに行きたくなったらどうするんだ? トイレとかは奥の部屋にあるんだろう?」
「ああ、それなら部屋の外の右側、診察室の反対側に、ごみの投入口があるわ。汚物入れにもなっているから、そこにすれば良いわよ。勿論、蓋を開けてね」
「うん、分かった」
その後二人でキッチンに簡易ベットを運んだり、それに敷くマットや毛布、布団の類を運んだりしてから、その日の最後のお茶にした。
「じゃあ、そろそろお開きにして、私はキッチンに行きますから。でもその前に今日のニュースを見ておきましょうよ」
美千代の提案で日系ニュースを五分位見ることにした。リカの事や、桑山や、連合軍の動きが気になった。しかしテレビでは核爆発の惨状を伝えるばかりであった。
「ふうん、かなり酷いわね」
美千代は他人事のように言う。
「誰かさんがやったんだけどねえ……」
「別に構わないわよ。私がやったんだって責めても。覚悟の上よ。でも、夢限はあのリカって女の子が気になるんじゃないの?」
「そりゃあそうだけど、ああ、次のニュースになった」
「次のニュースです。全世界を恐怖に陥れた、東郷美千代を追っていたと思われる、若い女性が発見されました。かなりの重い傷を負っていましたが、一命は取り留めた模様です。
彼女が発見されたのは、これは未確認の情報ですが、世界の都市に仕掛けられた核爆弾の爆破スイッチのある建物だと考えられています。
詳細はまだ不明ですが、東郷美千代はエムと呼ばれる青年と一緒に姿をくらましており、先程申しました建物の近辺の地下に潜んでいるのではないかと考えられています。尚明早朝から、徹底した捜索が始まる模様です。次に今後の景気の動向は、……」
「やった! リカは助かった!」
夢限にとっては何より嬉しいニュースだった。しかし美千代は浮かない顔をしている。
「ふん、何時の間にあそこが核爆弾のスイッチの建物だと気が付いていたんだろうね。話していなかった様な気がするけどね」
「それは、翻訳のスイッチを入れる前のことなんじゃないのか? 少し時間が経ってからスイッチを入れたからね」
「ああ、そうだった。まあいい、外壁は破れても、地下の壁は先ずめったな事では破れないから大丈夫さ」
大丈夫と言いながら、何か不安げだった。
「じゃあ、これで今夜のお茶会は終わりにしましょう。私は何だか疲れたよ。じゃあお休み」
「ああ、おやすみ。悪いけど仕掛けは作らせて貰うよ」
美千代が奥の部屋に入ってから仕掛けを作って、部屋の外に出た。トイレ代わりのごみ投入口を開けて、小便をしてから簡易ベットに入った。調度品が二組ずつあるのは、浜岡の分なのかも知れないと夢限は思った。
『浜岡と一緒にここに隠れるパターンも考えていたのかも知れないな。ああそうか、もし浜岡が俺達にやられなければ、ここで二人一緒に籠城する積りだったんだ。それでほとぼりが冷めたらこっそりここを抜け出して、更に何かする積りだったんだろう』
夢限はあれこれ考えつつも少しの間うつらうつらしたが、直ぐに密かに計画していた行動に移った。
『ふふふふ、どうやら眠ったみたいだわね。可哀想だが死んで貰うよ』
美千代は少し寝た振りをしていたが、明かりも消え、静かになったのでこっそり起き出して行動を開始した。
『先ずは自動ドアのスイッチを切って、と』
自動ドアのスイッチが切られると、当然その前に立ってもドアは開かない。椅子を持って来てその上にあがり、手を伸ばして二つのワインの栓抜きの尖った部分の少し上を、両手の指でそれぞれ持った。
それから片足で強化ガラス製のドアをほんの少しスライドさせた。難なくワインの栓抜きは音も無く外せた。それを棚の上に置いて、引き出しから包丁を取り出した。
更に自動ドアのガラス戸をゆっくりと音のしないようにスライドさせて開け、足音を忍ばせて夢限のベットに向かった。
「えいっ!」
包丁を両手で持って振り上げ、気合諸共振り下ろした。
「ズブッ!」
手応えはあったが何かおかしい。布団の中は毛布を丸めたものらしかった。その途端に、
「パチンッ!」
スイッチが入って、部屋がすっかり明るくなった。壁のスイッチの側に夢限が立っていた。
「あああ、そ、そんな所にいたの? ちょっとその、寝惚けたみたいでね」
「俺を殺してどうする積りだったんだ!」
夢限の口調は厳しい。美千代は観念した。
「ほ、本当の事を言うよ。頼むから、鍵を返してくれ。ほんの一時間で良いんだ。それさえ出来れば後はあたしはあんたの奴隷になっても良い。何でもするから鍵を、せ、せめて十分でも、良いから」