史上最強の男(16)
「オオオーーーッ! 随分強固そうな壁があるぞ! 銃くらいじゃあ破れそうも無いぞ!」
別の兵士の叫び声。
「桑山さんどうします?」
「多分無いと思いますが一応出口を探してみましょう。それで見付からなかったら、何人かの見張りを置いて、出直しましょう」
「出直す?」
「はい。強力なミサイルで撃たないと壊せませんからね。或いはダイナマイトを山のように積んで破壊するしかないでしょう」
「成る程。それでは皆、この周辺を徹底的に探してくれ。出口があったら直ちに報告せよ」
「イエッサーッ!」
兵士達は出口を求めて散って行った。一時間ほどで作戦は終了した。当然のことだが出口はどうしても見付からなかった。
「ふふん、諦めて帰ったようだね。今日はもう遅いから明日改めて来るらしいね」
美千代の言葉は平然としたものだったが、その影に怯えが感じられる。
『強そうにしていても、逮捕されるのはやっぱり怖いのだな』
夢限は美千代に人間的な感情があるのを感じて何故か少し安心した。
「パチンッ!」
音声モニターのスイッチを切ると、
「さて、煩い連中が帰ったことだし、晩飯にしようかね」
何時もの美千代の調子に戻って夕飯を支度しにキッチンに向かった。美千代が支度している間に夢限は、
『以前は自分達もさっきの様にずっと盗聴されていたんだな』
と思った。
『四六時中の監視と言うのはまんざら嘘じゃなかったらしいな。ここで盗聴していたのかどうかまでは分からないが、こんな凄いシステムがあったんだ。慎重な行動をして良かった……』
今頃になってほっと胸を撫で下ろした。
暫くするとまたワゴンを押して調理したものを運んで来た。自動ドアが開く。
「ああ、そうか! ワゴンで運ぶ時に便利だから、自動ドアにしているのか!」
閃きを感じた夢限はやや大きな声で叫んだ。
「ふふふふ、外れ! 衛生上の問題よ。開け閉めに手を何処にも触れなくていいでしょう? 食中毒になったらギブアップだもの」
「ははは、外れだったか。へえーっ、成る程。半人前の医者しかいないものな」
「意地の悪い言い方ね。まあ、本当だけど」
夕飯は洋食で料理の他に赤ワインが付いた。
「へえ、豪勢だね」
「むふふふ、貴方を酔い潰して、あんな事や、こんな事をしようと思っているのよ」
「危ないね。飲むのを止めようかな……」
「じょ、冗談よ。ひょっとすると案外早く捕まるかも知れないわよ。その前にせいぜい楽しんでおかないと」
「でも、奥の手があるんじゃないのか?」
「何にも無いわよ、あはははは」
夢限は探りを入れたが、美千代は有り得ないとばかりに笑い飛ばした。間も無く食事も終わり最も厄介な時間がやって来た。
さすがに疲れて眠くなって来たのである。しかし、鍵や腰に付けている特殊銃をどうするかが問題だった。勿論、眠る場所も。
「ねえ、この部屋で一緒に眠りましょうよ。何にもしないから。それとも何かして欲しい?」
美千代はにやにやしながら夢限に聞いた。彼が返事に困る事を見越しているのだ。
「美千代さんは部屋の中で寝てくれ。俺はそうだな診察室にでも厄介になるかな。でも鍵は付いて無さそうだし……」
「大分お困りのようね。じゃあこうしましょう」
美千代はワインの栓抜きを二個持って来て、自動ドアの所に持って行った。
「ちょっと、こっちへ来て手伝って。この栓抜きを上の方に挟めるのよ、尖った方を下に向けて二つともね」
「ええとこうするのか?」
夢限は言われた通り、一旦自動ドアを開けて挟んでから、それらを両手で押さえたまま、センサーから体だけを離すと、見事に自動ドアに栓抜きは挟まって落ちて来なくなった。
「私は背が小さいから、ワインの栓抜きを取れないわ。手で受け止めるのも危険だから簡単には通れないわよ。一つは何とかなっても、二つ一緒は相当に難しいわね」
「成る程、上手い方法があるもんだね」
夢限は美千代の頭の良さに感心した。
「私が奥の部屋に寝るのはどうかしら? 深夜に貴方を襲おうとしてもこの仕掛けで結構大きな音がして目が覚めるでしょうし、それに朝は私、朝食の支度があるから……」
『自分で襲うと言う辺りが凄いね。普通は男が女を襲うんだろうが! まあ、俺が襲う心配は百パーセント無いから、彼女の言い分にも理はあるけどね』
夢限は何だかあべこべな会話をしている事が急に可笑しくなって、
「はははは、世間一般の常識から考えると、まるっきり逆だよな。女が男を襲うと言うのだからね」
と、笑いながら言った。
「えへへへ、じゃあ、こんな装置は付けない方が良いかしら?」