史上最強の男(15)
「えっ、どうして?」
「まあ身代わりね。会社はどうしても浜岡の力が欲しかった。だから別の人が出頭して罪を被ったのよ。でも彼はアルコール依存症で罪はぐっと軽減されたわ。
その上会社とは直接関わりが無く、単に個人的な事、手柄を焦ってやった事として処理されたのよ。言っちゃああれだけど、全ては計算ずくのことだったのよ。
勿論それら全てに浜岡が関与していたんだけど、見破っていたのは桑山一人だけだったと思うわ。でも彼はその一件で会社を首になって姿をくらました。
ライバルがいなくなったので浜岡の天下が来たわ。浜岡はそのライバル会社も乗っ取って、世界のロボット業界をリードする様になったのよ」
「それで巨万の富を得てこんな事をした訳か。しかし成功はしなかった。桑山さんだけの抵抗という訳じゃないけど、結果的にはその桑山さんが阻止した形になったと思うけど?」
「ふふふふ、まだ勝負は終っていないわよ。浜岡も私も死んではいないんですからね」
『彼女の気持ちの中では浜岡は公然と生きているのか。やれやれしんどい話だ』
夢限は結局最後に勝ったのは浜岡ではなく桑山雄二だと思った。
食事が終ると、彼女の部屋を出て診察室に行った。彼女の部屋は真ん中にあるが、向かって右にも部屋らしきものがある。そこに入ると、白衣を着たロボットが医者然として座っていた。
顔が浜岡に似せて作ってあるのが不気味だったが診察のイスに座ると、
「ドウシマシタカ?」
如何にもロボットらしい音声合成によって作られた声を出して聞いて来たので、むしろちょっと安心した。しかし、看護師はいない。
一応それらしく診察は進んで行くのだが、肝心な事は全て自分か、美千代かがやった。足のレントゲン写真を撮るのにもロボットの医師は指示を出すだけで機械の操作は全部美千代がやったのである。
一通りの診察が終わり、次は美千代の診察だったが、今度は夢限が看護師代わりだった。彼女の顔の傷口を消毒し、薬を塗って患部にガーゼを貼る作業は全て夢限がした。
夢限の場合には右足首周辺にギブスを着けたが、それは全て美千代がやった。こうして二時間ほどで二人の治療が終ったが、
「これじゃ、一人じゃ何も出来ないんじゃないのか?」
夢限の正直な感想に、
「その為に貴方を連れて来たのよ」
と、しゃあしゃあとしていた。
その直後にロボットがやって来て、緊急の報告が入った。
「キンキュウレンラク。ヘリコプターガ、サンキセッキンシテイマス。マモナクエリアニハイリマス。ホウコクオワリ」
「救助のヘリコプターがやって来たみたいね。遅かったわね。娘が死んだらお前達のせいだよ!」
美千代は怒鳴ったが、それに関しては夢限も同感だった。
「ソレデハ、シツレイイタシマス」
報告に来たロボットは直ぐに戻って行った。
「話の内容を聞かないと。夢限も早く来て!」
美千代は走って自分の部屋に入ると、モニター画面のある場所に行って、スイッチを入れた。
「バタバタバタバタッ!」
画像は無く音だけが聞こえる。既に着陸したのだろう、何人もの兵士らしき者達の走り回る音が手に取るように分かる。言葉は英語が多く、聞いている二人には良く分からなかったが、中に日本語を話す者もいた。
「ああ、この人が影山リカさんだ。どうですか?」
「大丈夫まだ息があります。直ぐ担架で運びましょう」
「お願いします、……」
声は桑山と日本人の医者らしい。その後リカが担架で運ばれる音や、ヘリコプターが一台去っていく音、室内を探し回る音などが聞こえて来た。
医者はリカと一緒にヘリコプターに乗って行った様でその後、彼の声は聞こえて来なかった。残念なのは桑山が連合軍の連中と英語で話をしていて内容が良く分からない事だった。
「さて、翻訳して貰おうかしらね」
美千代は最新鋭の自動翻訳機のスイッチを入れた。文字で表示されるのではなく、ちゃんと音声で訳文を言ってくれる。
「エムと美千代は何処に行ったんでしょうね? 彼女の近くと言っていたんだが、いないようですね」
本物の桑山とは声質は少し違うが、かなり流暢な日本語に翻訳されて聞こえて来る。
「ふうむ、周囲の状況から考えて、遠くに行ったとは思えませんな。近くの地下にもぐったのでは?」
重みのある年配の男の声は、連合軍の幹部クラスの者の声だろう。彼は正確に状況を把握している。
「畜生、バレバレだ!」
美千代は少し下品な言い方をした。危機が迫って来たと感じて、本性が現れたのだろうか。
「それでもここの突破は絶対に出来ないでしょうよ!」
強気な発言の裏に、焦りが見える気がする。
「見つけた!」
遠くから兵士の一人の声が聞こえて来た。
「バタバタバタバタッ!」
その兵士の方に皆駆け寄って行ったようである。