史上最強の男(10)
夢限はスイッチ屋敷の奥に向かって、相変わらず右足を引き摺りながら、美千代は彼の右に並んで歩いている。頭一つ分ぐらい夢限の方が背が高い。歩きながら何気なくボードを見ると、
『NO.11 さようならホワイトハウス』
と書いてあった。
「さようならホワイトハウスと書いてあるけど、ワシントンじゃないのか?」
「ああ、それか。あんたのお陰でしくじったけど、小型の核だからね、ホワイトハウス一帯だけの破壊で終るのさ。でもそれで十分だって浜岡は言っていた。上手く行けばアメリカの大統領を殺せるからね」
「大統領を暗殺するのが目的なのか?」
「いや、多分大統領はこんな非常時にはホワイトハウスにはいないだろう、というのが浜岡の読みだった。ホワイトハウスはいわばアメリカの権威のシンボルだから破壊する価値があるっていう事さ」
「ふうん、そういうことか。しかしそういう事が一体何になるんだろうね。意味の無い殺戮と破壊にしか思えん」
「それ一つだけじゃ意味がないんだよ。少なくとも九十九番までやらないとね」
「同じ事だろう。九十九の都市が破壊される。それだけの事じゃないか」
「違うね。浜岡のシミュレーションでは強力な放射線の影響で、それの対策が全然間に合わないから、数年以内に最大四十五億の人間が死ぬ事になる」
「四、四十五億!」
この時になって初めて浜岡の底知れない自信の意味が分かった気がした。彼は四十五億の人間の命を実際にその手に握っていたのだ。
『あの、溢れる様な自信の意味はこれだったんだ。以前人類の滅亡も想像した事があったけど、あれは漠然としたものだった。
具体的に四十五億という数値を聞かされると、正直に言えば震えが来るレベルだ。そこまでの死者の数だと人類の歴史そのものを大きく変えるのには、もうそれで十分だ。
……やはり良かったのだ。悪党とはいえ、女性の顔に傷を付けるのは余り気持ちの良いものじゃなかったけど、そこまでして都市の破壊を阻止した価値は十分にあったのだ』
だが、夢限にはまだ府に落ちない事があった。
「四十五億の人間を殺してどうする積りだったんだ? 大変な混乱になって収拾が付かなくなるんじゃないのか?」
「それが目的なのさ」
「な、何だって!」
相当にムカついた。
「つまり新しい秩序が生まれるという事だよ。文明が大きく変貌するかも知れない。いや、きっと変る。それこそが浜岡の望みだったのさ。
浜岡が王になれるかどうかは分からないけど、人類の歴史に新しい一歩が刻まれる事になる。現在の国家の枠組みが完全に破壊される事になるわ。それって本当に素晴しい事だよ!」
美千代は興奮して語った。
「しかし、例えば地上は放射性物質に汚染されて住めなくなるんじゃないのか?」
「ふふふふ、だから地下都市が、ムーンシティが必要なのよ。それで場合によってはムーンシティの王が、人類の王になる事もあり得る訳」
「段々読めて来たぞ。やけに地下都市に拘ると思っていたら、そんな意味があったのか」
「世界の誰も思いつかない雄大な構想でしょう? 私はそういう男に惚れたのよ。ちまちました男に興味はないわ!」
『狂っているというか、歪んだ発想だ。地上を廃墟にして、何が新しい秩序だ。そんな新しい秩序など糞くらえだ!』
夢限は更に激しくムカついたがそれを言葉にはしなかった。こんないかれた女の話なぞ聞きたくもなかったが、全てはリカの為である。
『もしあの時、リカが浜岡の目に鍵を刺さなかったら、その時俺は死んでいた。言わばリカは俺の命の恩人だ。その恩人の為に俺は出来る限りの事をする。
これは当たり前のことだよな。しかしこの女は既に何十万という人の命を奪った。……ああ、止めよう! 今更引き返せない!』
夢限は考える事を止めにして、再び残り少なくなったボードを見た。
『NO.98 さようならニューヨーク、NO.99 さようなら東京、NO.100 さようならサンドシティ!』
「最後が、さようならサンドシティになっているぞ。もう破壊したんじゃないのか?」
「小型の核爆弾は二発爆破させたけど、最後に少し大きいのをやる積りだったのよ。メガトン級の奴をね」
「メガトン級! どうしてそこまでする?」
「もしここで浜岡が死んだら、その遺体を誰にも触れさせたくなかったからよ。それに宿敵の桑山を葬る意味もあるわね」
「宿敵の桑山? 良く分からないがどういう因縁があるんだ?」
「話せば長くなるわ。さあ、扉の前に来たわよ。二度と戻れないけど良いわよね?」
「フーーーッ! 良いぞ!」
夢限は大きく息を一つ吐いて、後ろを振り返りリカの様子を見て、変化がないことを確認してから了解した。