史上最強の男(9)
「バチ、バチ、バチ、バチ、……」
大粒の雨が屋根に当る。
「こりゃ、きっと黒い雨だね」
「黒い雨?」
「うん、核爆発の後に降る雨の事さ。放射性物質がたっぷり含まれている。今降っている雨は、自然現象じゃなくて、核爆発の影響だろうよ」
「そうだったのか。リカを運び込んで良かったよ」
「でもこのままじゃあ、この娘はそう長くは持たないよ。普通だったら、入院して検査して、即手術って所だろうよ」
「くうっ、な、何とかならないのか?」
夢限は足首の骨折の痛みに耐えながら話を続けた。
「良い方法がある。連合軍に来て貰うのさ。怪我人がいるから助けて欲しいって連絡すれば良い」
「どうやって? ケータイとかは全く繋がらなかったぞ」
「ここじゃあ無理だよ。浜岡が出来ない様にしておいたからね。でも向こうの部屋の中からなら、連絡出来るんだ」
「向こうの部屋? やっぱり向こうに部屋があるんだ。浜岡はそんな事は言わなかったが……」
「そりゃそうさ、特に重要な機密だからね。浜岡は優しい男でね。もし、死にたくなくなったらその扉の向こうへ行く様にと教えてくれていたんだよ」
「扉の向こうに何があるんだ?」
「それは教えられない。それで一つ条件がある」
美千代は自分が優位に立っていることを確信しながら余裕を持って条件を出した。
「条件?」
「私はあんたとやりあっていた時には、死ぬ気満々だった」
「死ぬ気満々?」
「変な言葉だけど、まあ気にしなくても良いわ。ところが今じゃすっかりその気が無くなったのさ」
「生きたいと思っている訳だ」
「ああ、そうさ。条件というのは私と一緒に扉の向こうに行って欲しいという事なのさ」
「それでどうなる?」
「あの扉はね、一度きりしか開閉出来ないんだよ」
「赤いボタンの扉みたいだな」
「似た様なものさ。それで向こうの部屋から軍とかマスコミとかでも良いけど連絡する。今は多分世界中がパニック状態だろうから、娘が一人死に掛けていると言う位じゃ直ぐには来てくれないだろう。でももしあんたが私を捕まえたと言ったらどうだろう?」
「成る程、パニックの元凶が捕まったとなれば、マスコミ関係者ならこぞって来る!」
「そう、それで娘が一人死に掛けていると言えば、きっと軍も動く。ヘリコプターだったらここに簡単に入れるからね。彼女は助けられると思うよ」
「そうか。その後はどうする?」
「何度も言っているけど、私と一緒に逃げるのさ」
「フーーーッ! そういうパターンか!」
夢限はまたしても迷った。血まみれになったリカをしげしげと見た。
『リカは助けたい。しかし俺は一体どうなるんだ? 史上最悪の女を助けることになるんだぞ、それで良いのか? しかし今この女の言う事を拒絶すればリカは恐らく死ぬ!』
暫く考えて、
「分かった。あんたの言う事に従う。もう少し詳しく話を聞きたい」
夢限はリカを助ける為に汚れた水を飲む覚悟を決めた。
「余り詳しい話はここでは出来ないね。扉の向こうに行ったら話すよ」
「リカは助けるんだろうね?」
「勿論さ。そうしなければお前は私を殺すだろう?」
「まあ、そういうことになる」
「軍にせよマスコミにせよ、早く連絡して助けて貰った方が良い。このリカとかいう娘、多分二、三時間の内に処置しないとお陀仏だよ。かといってここで下手な素人療法なんぞしたら、尚更危ない」
「分かった。しかしこのままにしておいて大丈夫かな?」
「ああ、分かった、分かった。じゃあ私の服を足に掛けて置いてやるよ」
美千代は黒の半袖のちょっと洒落たフリルの付いた上着をリカの足に掛けた。
上には夢限の道着の上着が着せられているし、寒くは無さそうである。
「全く、この女に夢中なんだね。私が風邪を引くかも知れないのに。でも私のブラジャー姿も満更じゃないだろう?」
「リカ、助けられる事を祈っているぞ。じゃあな!」
夢限は美千代の言葉に耳を貸さずにリカに別れを告げた。
「もう少し私に関心を持っても良いだろう?」
美千代は不満そうだった。
「これから当分あんたと一緒なんだ。焦る事はないだろう」
夢限は銃と鍵は独楽回し用の紐にくくりつけて腰から提げていた。美千代が時々それらをちらちらと見ていることには気が付いていたが、素知らぬ振りをしていた。
『この女、東郷美千代には何時如何なる時であっても、ゆめゆめ油断は出来ないぞ!』
勿論、そう心に言い聞かせる事は絶対に忘れていなかった。