史上最強の男(8)
辺りを見回した。もうすっかり明るい。リカを助けられるとすれば不本意だが美千代に助けを請うしかない。ここが一体何処なのか、オーストラリアの砂漠ということ以外彼には良く分からなかったし、どの方向へ行けば街があるのかそれすらも分からないのだ。
『しかし美千代が協力するとも思えないが……。駄目元でやってみるか』
銃と鍵とを懐に入れたまま夢限は屋敷に戻った。
「ゲホッ、ゲホッ!」
美千代が血を吐き出している。鼻血が喉に溜まったのだろう。
「目を覚ましたか」
「痛い! 紐を緩めてくれないと、体が腐ってしまいそうだよ!」
負けん気だけは強い。
「こちらの条件を飲めば、緩めても良いぞ」
夢限は賭けてみる事にした。
「条件? 金が欲しい? それとも体? ひょっとして両方?」
「俺はリカを助けたい」
「リカ? ああ、まだ生きていたんだ。お前の女なのか?」
「いや、仲間の一人だ。他の仲間は皆死んでしまって彼女一人が生き残った。しかし死に掛けている」
「仲間ねえ。そんな事より私と逃げないか? さっきあんたに言った事は本気だったんだよ。私が愛した男のあんたは忘れ形見なんだからね。それに顔のこの傷。私を傷物にした責任は取って貰うよ」
「逃げるというのは何処へ? ここは砂漠だろう? ざっと見た所街らしいものは見えないけどね」
「紐を緩めたら教えてあげるよ、ふふふ」
美千代はにやりと笑った。
『こんな、何十万人も殺した女とまともに交渉する積もりか?』
夢限は躊躇した。
「嫌ならそれでも良いんだよ。本当はここで綺麗に死ぬ積りだったんだからね。死ぬことなんて何でもないさ。その代わりあんたも、リカとかいう娘も野垂れ死にだよ」
美千代は夢限の顔を覗き込みながら言った。ややあってから夢限は美千代を縛っていた紐と帯を少し緩めた。
「フーッ! 完全に解くって言う訳には行かないのかい?」
「この後どうすれば良いか教えてくれたら、手か足のうちどっちかは解く。全面的に協力するのなら全部解いても良いが、様子を見てからだな」
「やっぱり血は争えないねえ。用心深い所はそっくりだよ」
「どうする、協力してくれるか?」
「じゃあ、あんたも約束してくれ。私を連合軍やアメリカ軍などに引き渡さないとね。私の身を守ってくれると言うのなら全面的に協力しようじゃないか」
またも夢限は躊躇した。
『こいつの言う事を聞いたら、極悪非道な女の味方をする事になる。リカのことは諦めて、この女を連合軍に引き渡せば良いのでは?
外で焚き火でもして助けられるのを待つ手もあるし、案外扉の向こうには街への出口があるのかも知れないじゃないか! しかし……』
容易に結論が出なかった。
迷っているうちにポツリポツリと雨の音がして来た。
「砂漠に雨か?」
夢限はドアを開けて外の様子をみた。空は分厚い雲に覆われて、間も無く大雨が来そうだった。
「不味いな! 大雨になりそうだ! リ、リカをこのままにしては置けない!」
夢限の腹は決まった。
「あんたの身を守る! リカをここに入れてくれないか、頼む!」
言いながら夢限は美千代の緊縛を解いた。
「ふふふふ、後悔するかも知れないよ。良いのかい?」
「どう思われても構わない。リカを何としてでも助けたい。それだけだ。二人でリカをここに運ぶ。手伝ってくれ」
「はいはい。ふふふふ、妙な雲行きになって来たねえ……」
激しくなりつつあった雨の中を、ついさっきまで殺し合おうとしていた二人は協力してリカを中に運び込んだ。実際にはリカに夢限の道着の上着を静かに着せて、美千代一人で引き摺って行っただけである。
少し時間は掛ったが、負ぶっていくのは振動が激しくて体に障ると判断したからである。幸い夢限の道着はリカには少し大きかったのでお尻の辺りまであって、引っ掛かりが少なく、道着自体の滑りが比較的良かったので何とか上手く行った。
夢限は片足が使えないので、ひく事は可能だが少しずつ滑らかに引っ張って行く事が難しくて断念した。
「フーーーッ! アアーーーッ! 疲れた。今日は本当に疲れる日だねえ。お陰でお腹も空いて来たよ」
やっとの思いでリカは屋敷に運び込まれた。
「それにしてももの凄い体の傷だねえ。これが例の野犬に噛まれた傷跡なのかい?」
道着を脱いで上半身裸になった夢限を見て美千代は感心した様に言った。
「まあね。俺としては恥ずかしい限りだ。未熟者の象徴みたいな気がする」
「いいえ、そんなに悪いものじゃないよ。……ああ、いよいよ雨が強くなって来たみたいだね」