史上最強の男(7)
元より美千代は運動神経の良い方ではなく、殆どかわせないまま顔面に命中した。
「ビッ!」
と、音がして彼女の右頬が裂け血が吹き出した。刺さりはしなかったが回転が鋭かったので皮膚を切り裂いたのである。
「アーーーッ! 痛い、痛い!」
鍵を回していた左手で血の滴る右頬を押さえた。
「い、痛い! よ、良くもやったわね!」
激しく怒りながら右手に持っている銃を乱射した。勿論、夢限は彼女のひるむチャンスを逃す筈もなく、飛び掛って行った。
しかし、右足首が全く使えない上に、銃の乱射があってもう一息まで接近出来たのだが、一発が左肩に命中した。
「ウアーーーッ!」
反動で屋敷の奥の方へ転がって行った。途中から少し意識的に転がり、彼女から離れた。近くにいたのでは銃の餌食になる。
美千代は頬の激痛の他、激しく動いて右目に自分の血が入り精神的にかなり動揺していた。その為に夢限を追い駆けて行けなかったのだ。遠近感が掴めなくて不安だったこともある。
片目が見えないので、少し離れた所にいる夢限に銃の弾は尚更当らない。ただ時折銃を撃っておけばそうそう夢限も近寄れない。
屋敷には窓はなく部屋に入って右側にズラリと核爆弾用のスイッチボードが並んでいる。左の上の方には換気用のファンが回っていた。天井は全面が明るい蛍光ボードである。
夢限が奥の方に行って隙を狙っているので美千代の作業はし辛いものとなった。利き腕の右手に銃を持ち左手で鍵を操作する。左腕が上に、右腕が下に交差する形になっている。
しかも顔面がまだ相当に痛いらしく、しばしば左手で傷口を抑えていた為に、十一番目のスイッチの操作はまだ終了していなかった。
夢限は美千代の使っている銃の風変わりな特徴を考えていた。
『どういう仕組みなのかは分からないが、必ず六回撃った後に一回は、カチッと音がする。その瞬間に攻撃出来れば良いのだが、ええい、この右足ではちょっと無理だ。
しかし待てよ、この今着ている道着のお陰で、さっき肩に受けたダメージが思ったほどではないぞ。それを利用出来れば何とかなるのでは?』
普通なら肩の骨が砕けるほどの衝撃なのだが、ハイテク道着のお陰で、ダメージはあっても骨には異常は無い様である。
「ボムッ! ボムッ! ボムッ!」
時々思い出した様に、美千代は銃を撃って来る。夢限はあと三発で弾の出ない瞬間が来ることを確信していた。
『三発位なら何とか耐えられる! 行くぞ!』
顔を両腕で隠しながら、体を殆ど横にして美千代に突っ込んで行った。
「ボムッ! ボムッ! ボムッ!」
美千代は慌てて銃を連射した。
「ビシッ! ビシッ! ビシッ!」
三発とも体の中央付近に命中した。激痛が襲ったが夢限は必死に耐えて、前進し、
「カチッ!」
の音と共に、
「ウリャーッ!」
渾身の一撃を顔面に食らわした。
「ウグアッ!」
奇妙な声を出して美千代はひっくり返った。夢限の一撃は、今の彼にしては目一杯のものだったのだが、満身創痍の状態であった為に致命傷にはならず、鼻血を出させて失神させるのにとどまった。
「ハーーーッ!」
取敢えずは都市のそれ以上の破壊は阻止出来た。夢限は大きく溜息を吐いた。
『さて、これからどうする?』
浜岡の言葉を思い出した。
『最後の百個目のスイッチはこの場所を吹き飛ばすんだったな?』
一番奥を見る。遥か彼方に最後のスイッチ用のボードが見える。
『……もう疲れた。いっその事ここで何もかも終わりにしようか? ……あれ? 向こうにも扉があるぞ。浜岡は確か出入り口は一つだと言っていた筈だよな。あれは扉じゃないのか?』
新たな興味を引くものの出現に自己死への願望を振り捨てた。
「先ずこの鍵は抜き取っておこう。それからこの危険なお姉さんは後ろ手に縛って、それとこの風変わりな連発銃は預かっておくことにして、……」
独り言を言いながら独楽を回す為の紐と、足に巻いていた帯とを使って、美千代の両手両足をきつく縛った。
それから鍵と銃とを持って、リカの居る所に殆ど片足跳びの様にして走って行った。
『駄目かも知れない。しかしもしかすると生きているかも知れない』
リカは同じ場所に倒れていたが微かに脈がある。出血は今は止まっている様だった。
「リカ、リカ! うううっ!」
夢限はリカを優しく抱きしめ涙した。本当は抱き上げてせめて屋敷の中にでも連れて行きたかったのだが、足が言う事を聞かない。それに下手に動かすことはかえって危険かも知れなかった。