史上最強の男(6)
『もし全てのスイッチが入れられれば、最終的には恐らく何億という人間が死ぬ事になるんだろう。人間の世界は目茶目茶になる。場合によっては人類は滅亡するかも知れない。……何としてでも阻止しなければ! 阻止出来るのは俺だけなのだから! しかし……』
爆風の影響で全身が痛い上に、疲れ切っている事。右足首の骨は恐らくもう折れているらしい事。仲間がどんどん死んで行った事。あろう事か自分の父親が浜岡らしい事。
それらの数多くのプレッシャーがどっと押し寄せて来て、夢限は時折意識が遠くなるのを感じていた。それでも美千代は止めなければならない。
『しかしちょっと変った銃を持っている。気を付けなければ!』
漸く屋敷にたどり着いた夢限は、中の様子を伺いながらドアを静かに開けた。
「ふふふふ、来たわね。邪魔しないで! 全部終ったら、お相手をしてあげるから!」
美千代は今十番目のスイッチを入れている。既に九つの都市が破壊されたのだ。
世界中の大都市では一大パニックが始まっていた。小型の核爆弾とはいえ偶然にその映像が生放送されてしまったのだ。強烈な光ときのこ雲が数多くの人々に直接、或いはテレビの映像によって間接に目撃されたのである。
しかも次々に世界の都市の核爆発の情報が入って来ていた。全てのテレビのチャンネルの放送がそれらの情報をリアルタイムで伝え始めた。
東郷美千代の予告に該当しそうな大都市の人間達は、当初は動きが鈍かったが、核爆発の危険性を目と鼻の先に見て、初めて行動を本気で起した。我先にと一斉に逃げ出したのである。そのパニックの為だけで何万という人々が死んで行った。
「ボムッ! ボムッ! ボムッ! ボムッ!」
夢限が近寄ると、美千代は情け容赦なく、銃を発射して来た。しかし弾丸は飛んで来ていない。何かの塊の様な物が飛んで来てそれは空中で消えるのだ。
『圧縮した空気の塊の様な物が飛んで来ている感じだぞ。とすれば……』
夢限は何かの罠にリカが引っ掛ったのではないかと感じ始めていた。
「ボムッ! ボムッ! カチッ!」
銃は弾切れの様だった。
「アアーーーッ! 弾が無くなっちゃった!」
美千代は悲痛な声をあげた。
「来、来ないで! く、来るな!」
しきりに来るなと言って、怯えている様だった。
「リカをその演技で騙したのか!」
夢限は激しい怒りを込めて怒鳴った。
「……演技なんてとんでもない! ねえ、諦めたわ。降参。わ、私を抱いても良いわよ。貴方の好きにして。銃はここに置くわ」
「だったら、銃を床に滑らせてこっちによこせ。どうした?」
夢限は美千代が完全には銃から手を離し切っていない事に気が付いている。
「うふふふふ、さすがに浜岡の息子だけはあるわね。一流の用心深さを持っている。どう、私と手を組まない?」
「どうする積りだ」
「お金なら唸るほどあるわよ。本当はここで死ぬ積りだったけど、貴方と一緒に逃げるのも悪くないなと思ったのよ。二人して面白おかしく暮らしましょうよ」
「もう遅い! 都市を破壊する前だったらいざ知らず、既に十の都市を破壊している。許せる限界を超えている」
「大した事は無いわ。貴方、私の生い立ちを聞いた事があって?」
「知らない。浜岡からも聞いた事が無い」
「冥土の土産に聞かせてあげましょうか?」
美千代は一旦は置いた銃を直ぐ取って、
「ボムッ! ボムッ! ボムッ!」
また撃って来た。しかし余り上手くはない。リカがやられたのは、弾切れを装って油断させて近寄らせ、至近距離で撃ったからなのだろう。非常に特殊な弾の数が相当多い銃で、多分浜岡の作った物と思われる。
だが腕が悪くて少し離れていさえすれば先ず当らない。といって接近出来なければ、気絶させる事も都市の破壊を止めさせる事も出来ない。
「ふふふ、どうしたの坊や。来ないんだったら十一番目の都市も破壊させて貰うわね」
美千代は頻繁に銃を発射しながら、十一番目のスイッチのあるボードの前に立った。
「や、止めろ!」
夢限の制止を振り切って美千代は鍵をボードに差し込んだ。
『くそう、どうすれば! ……まてよ、対ガードロボット用に栓抜きを持って来ていたよな』
夢限は道着の懐に忍ばせてあった鉄製の栓抜きを取り出して、渾身の力を込めて美千代の顔目掛けて投げつけた。
腕は浜岡との戦いの影響でまだかなり痛かったが、肩の筋肉にはそれ程のダメージがなかったので相当のスピードで投げる事が出来た。
「ブーーーンッ!」
猛スピードで回転し、唸り音を出しながら美千代の顔目がけて飛んで行った。