罠(1)
「俺はロボット屋を荒らしてたんだけど、女性のロボット屋が居るとは思わなかった。おまけにちょっと格好良いんだよね」
「えへへ、そんなに格好良かった?」
「う、うん。それで荒しが終った後、ちょくちょく見に来てたんだよ」
「私に見とれてたの?」
「うーむ、そ、それは、その……」
「見とれてたんでしょう?」
「ま、ま、まあね」
「私の虜になってたんだ」
「そ、そこまではちょっと」
「ふふふ、隠さなくても分かってるわ。それで?」
「ふう。三回目ぐらいの時だったな、三人組が現れたのは。ただそれ以前に妙なロボット屋が居る事に気が付いていたんだ」
「妙なロボット屋?」
「そう、人相の悪い助手がいたり、桜を使ったり、半分脅して戦わせたり。ろくな奴等じゃないと、その連中にも目を付けていたんだ」
「成る程、そこに悪の親玉が居たのね」
美穂にも漸く事情が飲み込めて来た。
「そうなんだ。二度目にやって来た奴の内、背の高い大男を俺は覚えていた。悪の親玉は井沢と言っていたな。そいつの側に居たんだよあの男が」
「ふうん、そうだったのね。私もそいつ等の事は聞いた事がある。噂だと、この業界を独り占めにする積りだったらしいのよ」
「俺にもそんな事を言って仲間にならないかと誘われた。断ったら拳銃を出して来た」
「えーっ! ど、どうしたの、あ、危ないわね」
「ははは、素人じゃあ俺を倒せないよ」
「でも、スパルクみたいには行かないでしょう?」
「拳銃は構えないと撃てないんだ。構える前にノックアウトしたんだよ。
右腕と顎の骨を砕いておいた。最低でも半年、先ず一年は何も出来ないだろうね」
「へーっ! す、凄いわね。貴方とスパルクが戦ったらどっちが勝つんだろう。ああ、変な事を考えちゃった」
「うん、そうだな……。ああ、でもすっきりした。……今日は遅いからもう寝ようか」
スパルクとの勝負に関しては何も答えずに言った。
「うん。私、何を聞いても平気だから、安心して」
「分かった」
二人はベットにもぐりこんで今度こそ眠ったが、正体のはっきりしない小さな不安の種が実は残っていたのである。
金雄はもうかなり前から、自分や美穂が誰かに監視されているのではないかと感じていた。周囲を見回してみてもそれらしい人物は見当たらないのだが、時折鋭い視線を感じるのである。
その状態は今もずっと続いている。何時でも何処に居てもである。だが残念ながらその対象を特定する事は出来なかった。
更に今、彼の仕事は危機に瀕していた。最近では電車でかなり遠くへロボット屋を探しに行くようになったのである。何時も異なる偽名を使っていたのだが、既に顔写真が出回っていて、いわゆるブラックリストの筆頭に挙げられていたのだ。ついに丸一日掛けても一試合も出来ない場合も出て来た。
美穂の方も翳りが見え始めている。旧型のレンタル料の安いロボットを使って荒稼ぎする奴等が現れたのだ。ロボットに女物の服や下着を付けさせて、それを人間、主に男性が制限時間内に全部脱がせれば勝ち、という下品なものだった。
これもテレビで放映されるや大評判となって、全世界に猛スピードで広まりつつあった。これは格闘技ではなく、単なるゲームなのだが、旧型の逃げ足だけの速い攻撃力の乏しいロボットの在庫を抱えて、倒産寸前だった会社がひねり出したアイデアだった。
それが見事に時流に乗った。最近では外見を女性に似せたロボットがこのゲームをやるようになって来た。中身は同じなのだが、良し悪しはともかくとして、これによって更に人気が出て来たようである。
美穂を始めとする正統派のロボット格闘技屋は、苦々しい思いでそれを見ていた。格闘技を愛する者達にとっては、不快極まりない事だったのだ。
そこで彼等は更に進化したロボットを求めるようになって来ていた。より高度なロボットと人間との戦いをリング上で実現しようとした。それによって人気の回復を図ろうとしたのである。
その機運が高まりつつあった十月上旬のある日の事、金雄は相変わらず電車で新しい街へ行って、自分に試合をさせてくれるロボット屋を探していた。
電車を下りてから十五分程歩いた所でロボット屋に出くわした。人通りの少ない所で店開きをしているのは少々変っている。それでもちゃんと試合は行われていたし、観衆も声援を送っていた。
「後、残り一分です、残り一分です!」
ロボット屋の親父らしいラフな格好の中年の男が、大声を出してマイクで残り時間を告げていたのである。